イルさん宅闇歌ちゃんと交流。
イルさんへ捧げます。






「それって迷子ってことですか?」


その瞬間、確かに私の目の前にあったはずのテーブルは木端微塵のチリと化した。「迷子ではありません。闇歌様です」口調こそ丁寧なのに、地を這うような声と、背後に纏う炎が熱い。見た目麗しい姿をしていながら、どこにそんな怒気を隠していたのだろう。

「あてられて」火傷でもしてしまいそうだ。

隣に座るブリー隊長に目をやると、腕を組んだまま真っ直ぐと、そんな相手を見つめ返していた。


「闇歌様は私たちが一瞬目を離した隙に、どこかへ行ってしまわれたのです。だから、探してほしい」
「人探しってことだな」
「そういうことです」


やっぱり迷子なんじゃん。

しかし出かかったその言葉は、無理矢理喉の奥に押し込んで飲み込んだ。ここで余計なことを言ったものなら、私はこの依頼主──犬神と影オロチだ──に消し炭にされてしまうだろう。隣のブリー隊長は、平然としているけれど、新米へっぽこ妖怪である私に、彼らの強大な妖気はただの恐怖の対象でしかなかった。

「闇歌様を探してほしい」そう言ってこのバスターズハウスにやって来たのは、つい10分ほど前のことだ。いきなり怒鳴りこむようにやって来たものだから、受付のふぶきちゃんもハッキリとわかるくらいぶちギレながら応接室へと連れてきた。お茶を入れて、少し落ち着いたと思ったのだが、そうでもなかったらしい。
落ち着き払った態度をしようと努力をしているものの犬神の尻尾は先程から忙しなく動いている。彼のとなりに座る影オロチは目を閉じ腕を組んでいるものの、彼のマフラーが同じくそわそわとしていた。


「今頃危ない目にあっているかもしれないと思うと…!ああ、闇歌様お痛わしや…」


そんなに心配なら、何で一瞬でも目を離したんだろう。

そこはいろいろな事情があるかもしれないし、口に出したものなら消し炭にされるので再び言葉を飲み込むしかなかったのだけど。


「それで、闇歌ってやつはどんな姿をしてるんだ?」
「気安く呼び捨てしないでいただけますか?闇歌様です、闇歌様!」
「…その闇歌様ってのはどんな姿をしてるんだ?」
「ええ、ええ、見せて差し上げますよ!」


そういって犬神が取り出したのは、女の子が写っている写真だった。銀髪に、整った顔をしている。見た目は5歳くらいだろうか。「幼児」と表現するには少し落ち着いた雰囲気である。


「これは私の闇歌様写真コレクションのNo.15です」


犬神がいらない注釈をつける。

ちらり、と横目でブリー隊長を見れば、いつも通りの顔で「なるほどな」と言った。


「コイツを探せばいいんだな」
「コイツではありません!闇歌様です!」


ああ、面倒くさい。ブリー隊長の額に一筋、血管が浮かんだ。このままではこのバスターズハウスが戦場になりかねない。「と、とりあえず、このお話承りました…!」「ええ、一分一秒でも早く見つけてくださいよ!」もう何でもいいから、早くこの二人には一旦帰ってもらおう。いてもややこしくなるだけだ。

見つかり次第すぐ連絡することを約束し、皆が皆、同時にソファーから立ち上がる。しかし、腕を組んだまま目を閉じていた影オロチが、ここでようやく口を開いた。そして宣ったのは。


「見つからなかったら…どうなるかわかっているな?」


これはあれだ。モンスターペアレントだ。
ひきつる顔を自覚しながらも、とりあえず頷いておく。厄介なお客さんが来たものだと、バスターズハウスから出ていく二人を見ながら重いため息をついたのだった。



「もう出てきていいぞ」


ブリー隊長が寝室のカーテンに声をかけると、もぞもぞと動いたあとにひょっこり女の子が顔をだした。「お前も大変だな、闇歌様」先程犬神から見せられた写真の中の人物と同じ顔。正真正銘、彼らが探していた「闇歌様」である。


「あの…何か、ごめんなさい…」
「別に大したことじゃあない。それにお前の『依頼』はこのあつめ魔将が受けてくれるさ」


ぽん、と肩を叩かれて思わず顔が引きつってしまう。しかし不安そうにこちらを見やる子供の手前、あからさまに嫌がることはできず、とりあえず彼女にはニッコリ笑い返しておいた。面倒なことにならないといいのだけど、と思わずにはいられなかった。


時は、犬神と影オロチがバスターズハウスに駆け込んでくる更に30分程前に遡る。
暇をもて余した私がふぶきちゃんと女子トークに花を咲かせていると、控えめにバスターズハウスの扉が開いた。そしてわずかな隙間から恐る恐る顔を覗かせていたのが、件の闇歌様で。

話を聞けば、いつもお世話になっている友達妖怪にお礼を兼ねてお花をあげたいとのこと。けれども自分一人ではどこに綺麗な花が咲いているのか知らないし、鬼時間に紛れてしまえば帰れなくなる、と思い「手伝ってほしい」ということなのだった。

つまり、実は犬神たちよりも先に、「依頼主」がいたのだ。犬神たちに闇歌様の居場所を教えなかったのには、そういう理由があった。

闇歌様がそおっと足を忍ばせて、カーテンから出てくる。「あのね、さっきの犬神と影オロチにあげたいの…」秘密のお話をするように、小さな声で囁いた。子供らしいというより、まるで何かに気遣うように。


「あいつらに?」
「いつもはすごく優しいんだよ」


本当か?
一瞬突っ込みたくなったが、彼女がそういうのならそうなのだろう。私はこれから与えられるだろう任務を淡々とこなすしかない。


「もの『あつめ』なら、ますます貴女にぴったりね」


なんとも無責任な言い方でそう宣ったふぶきちゃんを軽く睨んでみる。全く、他人事だと思って〜!


「お願いします、あつめ魔将のお姉ちゃん」…でも、可愛い女の子に頼まれたら、断れるわけがないよね。


「うん、頑張って綺麗な花を探しましょうね、闇歌様」
「わあ!ありがとう!」


100点満点の笑顔で、依頼主は頷く。これは確かに、可愛すぎてあの妖怪たちも心配になって探すだろうなあ。そう思った瞬間、すぐに犬神たちの強大な妖気を思いだし、早く「どちらの依頼」も片付けてしまおうと思ったのだった。

いくら任務のためといえど、あの妖怪たちに嘘をつき続けるのは、私の精神衛生上よくないもの。

与えられた依頼はしっかりやる。それが私の信条だけど、何となくもやもやしながら、私は闇歌様と一緒にバスターズハウスを出たのだった。

▲▽

「この花畑なんてどうでしょうか?」
「わあ〜!かわいいお花がたくさん!」


おおもり山の一角に、ひっそりと咲き誇る花畑がある。先日のパトロールでたまたまみつけたこの場所に、私は彼女を案内した。
闇歌様はここに来ると、すぐに目を輝かせて花畑の中へと入っていった。転ばないかヒヤヒヤしたけれど、彼女の足取りはなかなかしっかりしている。ここで闇歌様に傷でも作ろうものなら私は一瞬で消し炭にされるだろう。


「お姉ちゃん!すごいね!きれいきれい!」
「気に入ったのなら良かったです〜」


私は幼児と二人きりで過ごしたことがなかったから、どう接したらいいのかわからなかったのだけど、いざバスターズハウスを出ると、闇歌様はとても良い子だった。本当に五歳なのかな、と思ってしまうくらいに。「犬神たち、何色が好きかなあ?」女の子らしくおしゃべりも上手だ。

でも、やっぱり、何か違和感。それが何から来るものかわからないのだけど。


「私は白が好きなの!お姉ちゃんは?」


「そうですねえ…私はやっぱり赤とかピンクですかね。私の甲冑も赤ですし!」そして私は慣れない敬語で何だかぎこちない日本語になっていた。いや、敬語で喋らなくてもいいのだけど…何となく。正直、自分より年下の子に敬語を使うのも変な感じだ。


「…」
「闇歌様?」


ふと会話が途切れた。闇歌様が急に黙り混んでしまったからだった。俯く顔は、白銀の髪に隠れて表情が読み取れない。
もしかして疲れてしまったのだろうか。彼女の顔をのぞきこむ。「大丈夫ですか?疲れましたか?」…それとも私の敬語が可笑しすぎたとか?!

闇歌様は私のことを見上げると、口をまごつかせた。言うべきか、言わざるをべきか悩んでいる様子である。「闇歌様?」


「あのね、その…闇歌様っていうの、やめてほしいの」
「え?」
「私、お姉ちゃんと友達になりたいから…ダメ?」


──ああ、そっか。

闇歌様の潤む目を見て、私は抱いていた違和感の正体がようやくわかった気がした。

私は彼女の生い立ちを知らない。けれど、犬神や影オロチの過保護(モンペ)っぷりから見ると、きっと彼女はそれこそもっと小さいときから崇め讃えられて、普通の子供のように過ごしてこなかったのだろう。ときに、子供は特別扱いをしてほしい一方で、「普通」を望む。幼心なりに、彼女はどこかで堅苦しさを感じていたのではないかと思った。

まだ幼い子供なのに。私もいつのまにか彼女を敬うようにすべきだと思い込んでいた。
彼女はもっと自由に、子供らしくいてもいいのだ。妙に大人ぶる必要だってない。もちろん私も。

俯く彼女の、なんと健気で可愛らしいことだろう。私は一度息を吐くと、自分の胸元にしまっていたものを漁った。「手を、出してもらえる?」そしてそれを、彼女の小さな手のひらにころりと落とした。


「これ…」
「私のメダル、です。私の名前は#NAME1#っていうの。よろしくね、闇歌ちゃん」
「!うん!よろしく!#NAME1#お姉ちゃん!」


もっと自由に、もっと子供らしく。
彼女が楽しめるように、私は全力をつくそう。それが今日の任務であり、友達への第一歩だと思うから。


さて、しっかり夕方まで遊んでしまった私たちがバスターズハウスへ帰ると、鬼へと化したモンペたちがいたのは想像に固くないと思う。でも同時に、闇歌ちゃんがさしだした花を見て、二人が顔を緩ませ(むしろ泣いて)たのも、想像に固くない…よね?


これにて任務完了。