ホワイトデー〜アヤト君の場合〜


「ほーい、アヤト君。義理チョコどーぞ」



「あ?おい花子、本命チョコの間違いじゃねぇのか…っておい!」




バレンタインデー…私は大好きな彼に「すきです」とも伝えることも出来ずに
実は前日彼の為だけに一生懸命作った手作りチョコを「義理チョコ」と偽ってぽーいっと彼の手に放り投げてその場を後にした。




…そして校舎裏、素直になれない可愛くなさすぎる自身にひとり
静かに涙をぽろりと零したのだ。







「カップルは全て滅びろ」



「それなー…んだよ花子。今日は珍しく意見が合うじゃねぇか。」



それから一か月後、学校では男共が本命の彼女へお返しを捧げるホワイトデーって奴でにぎわいを起こしている。
スマートに渡す男もいれば少しばかり照れながらと初々しいものまで十人十色だけれど
そんなの目の前で繰り広げられて私が思うのは滅びろの一択である。
教室の机で静かに座ってじとりと睨みつけてるだけで済んでいるのだから有難いと思えカップル爆発しろ。



そしてそんな私の言葉に同じく気の抜けた声で賛同するのは私の本命。




「あれ、アヤト君もそう思う?だよね、こんな甘酸っぱい雰囲気醸し出しちゃってさ。独り身の気持ちも考えて片っ端から爆発すべきだよねてかアヤト君吸血鬼なんだからそれくらいできるでしょちゃっちゃとやってきてよ目障り」



「思うぜこの俺様がフリーだっつーのにどいつもこいつも生意気すぎんだよてか花子お前吸血鬼に夢見んのも大概にしとけよそこまで万能じゃねぇよ流石に」




「「………はぁ」」




一通りリア充って奴等に嫉妬の念をまき散らせば同時にため息。
…溜息は同時に出たけれどその濃度はきっと私の方が濃い。




「………」



チラリと気づかれないようにアヤト君の横顔を見つめる。
本当はあの日に言いたかった「だいすきです」って…そしたらもしかしたら私も目の前の甘酸っぱいカップル達の輪に入れたのかもしれない…
まぁ……彼が私の事をそういう風に見てくれてるかは全く分からないけれど、少なくとも…確率は0ではなかったはずなのだ。




「………ああもう。」




じわりとまたあの日と同じく情けなさすぎる自分に涙が浮かんできてしまったので静かに机に顔を沈めてやり過ごす。
頑張ったのに…折角手作りまでして頑張ったのに最後の最後で「本命だよ」って言葉も「すきです」の言葉も出なくて素直になれなかった私が大嫌い。
可能性さえも根元から壊してしまう私なんてほんと…





くしゃり




「?」




何だか変な音と共に頭に違和感を感じたのでゆるりと顔を上げれば
その違和感の正体がずるりと頭から落ちてきて目を見開いた。
え、なにこれ……




「アヤト君、」



「ったく、バレンタインの時期待したってのによー。花子が素直じゃねぇからあそこに入りそびれただろーが」




頭から落ちてきたのは可愛らしいクッキー入りの袋。
中にはアヤト君の字であろう大きな文字で「花子へ」って書いてある。
そしてそんな彼はすごく不機嫌な顔でちょいちょいと先程まで盛大に暴言を吐いていたカップル達を指さした。
え、ちょっとまってどういうことなの…




「恥ずかしくてフラグへし折るのも大概にしろよ。……俺様が恥ずかしいだろーが」



「え、あ、え……ご、ごめん?」




ちょっと今の状況がよく理解できず、未だに不機嫌顔のアヤト君の言葉に合わせてとりあえず謝ってみれば「お前全然わかってねぇだろ」額を軽く小突かれてしまった。
そして数秒後、彼のそれによって塞がれた唇にようやく彼の言いたい事すべて理解できてしまった。




「なーんで俺様が先に告白しなきゃなんねーんだ。……花子、好きだ。…だから二人であそこ、混ざろうぜ」



「あ、う、あ、あ…え、う」




にっとムカつくけど格好いい笑顔でそう言われて「あそこ」と促されたカップルの海。
カタリと立ち上がり無言で差し出された手を恐る恐る取れば待ってましたと言わんばかりに思い切り引っ張られて倒れる勢いで私も立ち上がる。




「アヤト君っ!」



「あ?んだよ。…もう私は別にアヤト君の事好きじゃないーとかは聞かねぇぞ。だってあのチョコすっげぇ頑張って作った手作りだろ?」



「あ、の…っ!」



大きな声で彼の名を呼べば少しむすっとして告白の断りは受け付けないと言われたけれど……
違う、私が言いたいことはそうじゃない。
ひとつ、静かに息を吸ってあの日いえなかった言葉をようやく喉から絞り出す。
嗚呼、本当に…本当に伝えたかったよこの言葉




「わた、し…私、アヤト君の事が大好きっ!!」



「!知ってるっつーの馬鹿花子!!」



自分でもビックリするくらいの大きな声が出てしまったけれど
アヤト君はそんな言葉でもすごく嬉しそうに笑って受け止めてくれた。
ごめんね…素直になれなくて。
でも……でも私、アヤト君の事がこんなにもだいすきなの。





チラリと彼に繋がれていない手に持っているクッキーを見つめて苦笑。
これも、もしかして彼の手作りだろうか。
可愛い形は数個あるけれど、ほとんどが少しばかりいびつでボロボロだ。





ホワイトデーにおけるクッキーの贈り物が「君は友達」っていう意味だと教えてしまったら
彼はどんな顔をしてしまうのだろう、もしかしたら「やり直しだ!」って怒っちゃうかもしれない。
でも…でも私は、




「……、」




そんな何も知らなかったであろうアヤト君が素直になれない私の為に一生懸命作ってくれた
この格好悪くて渡す意味も見当違いなクッキーをずっとずっと大事にしたいって思って
その友達クッキーを抱き締める腕に少しだけ力を込めて微笑んだ。



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