ありがとう、ごめんなさい


「花子は覚醒できない人間だから……でも、それでも俺はアンタと一緒にいたい」




「シュウ、」




「独り遺される覚悟は出来てる」




「………うん、」



「いいんじゃない?これで…花子は甘ちゃんで寂しがりだから逆の立場とか無理だろ?」






ズキリズキリ




彼のそんな酷く優しくて大きな言葉に
私の胸の奥はずっと小さな痛みに捕らわれていた。





私はどう足掻いても最愛の彼を置いて死んでしまうようで…
彼はもう独りになる覚悟はできていると言うのに
私はそんな穏やかな彼の瞳に未だついていけていないでいた。





まだ、
私は彼を………シュウを独りにして死んでしまう事が
酷く苦しくて辛くて…その現実から逃げ出してしまいたいままだ。





「(シュウ……ごめんなさい)」





一番つらいはずの貴方が覚悟を決めていると言うのに
私はまだ小さな子供の様にその曲げられない事実を受け入れる事が出来ない。




いつか……いつかきっとこの悲しい現実を
私もシュウみたいに受け入れる事が出来るだろうか…それこそ自身が死んでしまう前に…
そんな悲しい事を静かに考えながらも、私より何十倍も大人な彼の唇に
「ありがとう」と「ごめんね」の意味を込めてそっとキスをした。





なのに襲ってきた現実は
そんなものよりもっともっと酷く残酷で…








「嘘でしょ?」




目の前に広がる紅い海。
白い肌。
閉じられた瞳。




そして震える私の声。




まさか、
まさかまさかまさか




こんな事になるだなんて思ってもみなかった。





「ねぇ、シュウ………私が先に逝くんじゃなかったっけ?」




そっとその海の中に投げ出されている白い肌に触れる。
嗚呼、もうぴくりとも動かない。
どうしてこうなっ方は分からない、思い出せない、理解したくない…
それ程まで私にとって今の現状は悲惨なもので、







彼は言った。
独り置いて逝かれる覚悟はできていると……
そして私は彼を置いて逝ってしまうのだと。




なのに、
なのに現状はどうだろうか…




「ねぇシュウ……順番…順番違うよ………なんで私が…」




もう微動だにしない体を精一杯力を込めて引き寄せて抱き締める。
嗚呼、魂がないこの体はもはやただの血と肉を詰めた器でしかない。




「シュウ……ねぇ、シュウ…っ!」




何度も何度も名前を呼んでもその目は開いてもくれないし
その指は私の頬に触れてもくれない。
只々この腕の中でだらりとされるがまま、呼ばれるままで応えてくれやしない。




「私、置いて逝く覚悟もまだ……なのに、こんな…っ」




声の震えが次第に大きくなってきてしまっているのが分かる。
只愛されたまま死んでいくだけの覚悟が出来ていない私に
愛される者に置いていけぼりにされる事を強いられても…耐えきれるはずがない。




「あ、…う……ああ、」




ぽたりぽたりと白い彼の頬に大粒の涙が雨の様に零れ落ちる。
それでも彼はもう以前の様に「泣くなよ」とさえ言ってくれない。
どうしよう……喉の奥が酷く苦しい。




辛い、苦しい、悲しい…
嗚呼………嗚呼!




「シュウ……どうやったらこんな苦しい立場になる覚悟できるの?」




何度も何度も問いかけても応えてくれない彼をぎゅうぎゅうと強く強く抱きしめてひっきりなしに嗚咽を漏らす。
こんな形であの日、シュウが言った覚悟の重さを知る羽目になるとは思いもしなかった。




独りこうして遺されてしまう事が
これほどまでに辛く、身を引き裂かれてしまう事だなんて…




「シュウ、どうやら私は無理みたい……一人で頑張れるほど、強くないや」




彼ならきっときちんと覚悟を決めて
死んだ私を胸に刻んで強く生きていけたのだろうが…
遺して逝く覚悟さえ曖昧だった私にこの立場は荷が重すぎる。





「シュウ、ありがとう……そしてごめんなさい。」




あの日と同じ意味を込めたキスを骸に落として静かに手近にあったナイフを手に取ってそっと左胸に宛がった。
シュウ……こんな苦しい立場になる事を覚悟していてくれてありがとう。
そして……この立場に耐え切れず貴方の後を追ってしまってごめんなさい。




ずぐり





彼ほど覚悟の出来ていない
それでいて独りになる事に耐え切れなかった甘ちゃんな私の胸に
唯一この状況から逃避出来る矛先が刺さり視界は静かに暗転して意識も消えた。




ねぇシュウ……
今度生まれ変わったら今度こそ私が先に死のうと思うよ。




どうやら甘ちゃんで寂しがりの私には
独りぼっちは無理のようだから。



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