正座から始まるバースデー


俺は今最愛である花子の部屋にいる。
勿論この部屋の主である彼女と一緒…所謂ふたりきりと言うやつだ。



しかし今回二人きりだからと言ってそう言った空気でもなく
ましてや恋人同士の甘い雰囲気と言う訳でもない。
気まずい……只々気まずく、重い空気が流れてしまうばかりである。




「お、おい花子…そろそろ足が」



「は?」



「……いや、何でもない。」




………俺の最愛に恐怖を覚える。
足がそろそろしびれてきたのでもういいだろうかと俺の目の前で仁王立ちしてる花子に対して伺いをたてると
いつもの可愛らしい声ではなく地を這うような声で単語をひとつだけ紡がれて視線を床へと落とした。




俺が何をしたと言うんだ。




今俺は彼女の部屋で正座。
そして花子はそんな俺の前で仁王立ちである。
正直今の花子はよくわからないが地獄の使者より恐ろしい気がする。




「ルキ君、何で自分が正座させられてるかわかってんの?」




「い、いや…全く心当たりが」




「ルキ君よくもまぁそれで自分の事参謀系って言えるよね。花子さん今本気で怒ってるからね。」



「…………」




な、




なんだ……




俺がいったい何をしたと言うんだ!!





ダラダラと嫌な汗が全身を伝い、自身の行動を思い返してみても全く心辺りがない。
いやむしろいつだって花子が馬鹿な事をしてそれをフォローしてやっているんだからこうして説教と言うか威圧を受けると言うよりかは感謝されるべきなのに…
なんだ。本当に俺は花子がここまで怒ってしまうほどの何をしたんだ!!



普段ならこんな態度取られようものなら「調教のし直しだ」と彼女の命令等聞かずに
この場に押し倒して文字通り調教と仕置きをするのだが今回の花子はいつもと一味も二味も違う怖すぎる。



何も言わない花子と
何も言えない俺と
酷く重く、長い沈黙の後彼女からぽつり、ぽつりと言葉が紡がれる。




「7月23日」




「は?」




「10月28日」




「花子……?」




「1月28日」




「…………、」




静かに、淡々と告げられるその日付…
初めは一体何を言っているか分からなかったがその日が何を意味するかなんて一秒もしないうちに分かってしまう。




7月23日は毎日乱暴でがさつだが誰よりも優しくて面倒見のいい三男の誕生日…



10月28日は普段は頼りないがいつだって誰よりも皆を見つめて変化に気付ける優しい末っ子の誕生日…



1月28日はいつだって周りを振り回すが俺とは違った観点から立派に兄を務める次男の誕生日…





それぞれの日、それぞれの誕生パーティで笑顔になっていた弟達の顔が思い浮かぶ。
すると頭上から少し震えた、寂しそうな声がまた一つ言葉を零してはっと意識を持っていかれてしまう。




「ねぇルキ君……4月24日。今日は何の日?」




「…………」



彼女の酷く寂しそうな声色ではたりと一つの事柄が頭に浮かぶ。
嗚呼、花子……もしかしなくともお前がここまで怒っていたのは…




「弟達は誕生日パーティをしてやったらすごく喜んでいたな。」




「うん。」




「アイツ等のそんな顔を見たら俺は酷く満たされた気分になった。」




「そうだろうね。」




「…………なぁ花子。」





「なぁに?」




ゆっくりと床から視線を上げて彼女を見上げればもう少しで涙が零れそうなその瞳に思わず苦笑してしまう。
ああもう、俺も大概愛されてしまっている。





「花子や皆はあの時の俺と同じ気持ちを味わいたかったのか?」





「…………、」




「忘れていてすまない。もし弟達やお前が自身の誕生日を忘れていたらこんな風に俺も怒るだろうに…」




先程まで困惑にまみれた俺の表情は酷く穏やかで
自然と口角が上へと持ち上がり、気持ちと同じく少し嬉しそうな笑顔を作ってしまう。
嗚呼、微かに俺の好きなスープの香りがする。




「花子、すまない。お前に頼みがあるんだが聞いてもらえるだろうか。」





チラリと扉の隙間から見える金髪茶髪黒髪に思わずクスクスと声を漏らしてしまうが
ここで大々的に笑ってしまえば本格的に彼等の機嫌を損ねてしまうだろう。
けれどどうやら俺はこの愛されすぎていると言う事実が嬉しくて仕方ないらしく先程から笑いを堪え切る事が出来ない。




本日、4月24日は俺の誕生日。





けれど自分より他の者を優先しがちな俺はすっかりそれを忘れていて…
恐らく昨日から準備をしていたであろう花子と弟達を酷く落胆させてしまったのだろう。
嗚呼、自身にあまり関心がないのも時として罪なのかもしれない。




お前達は俺の喜ぶ顔が見たくて頑張ってくれていたと言うのに




ひとつ、小さく咳ばらいをしてそっと彼女の手を取りじっと彼女を見つめる。
未だにその表情は不機嫌だがどうか俺にもう一度チャンスを与えてほしい。





「花子、今日は俺の誕生日なんだ。……だから、パーティ。開いてくれないか?」




「…!うんっ!!!勿論っ」




俺の謝罪と感謝ともう一度チャンスをと…色んな思いが込められたその言葉は
快く受け入れられ、漸く笑顔になってくれた花子にぐいっと手を引っ張られて向かうは扉の先。
バタバタと騒がしい三つの足音がダイニングへと消えていく事が嬉しくて仕方がない。




「俺は愛されているな。」



「当たり前だよ。ルキ君が皆を大好きなように私達だってルキ君がだーいすき。」




未だに痺れが残る足を心なしか慎重に運びながらも花子と繋がれた手は離さずそのまま三人の後をゆっくりと追う。
嗚呼、俺が皆の喜ぶ顔で穏やかな気持ちになれるように、彼らも俺のそんな顔を望んでここまでしてくれていたと思うと胸が熱い。




「花子、ありがとう。」




何より、
普段は絶対に俺に逆らおうとしない彼女が俺自身が年に一度のこの日を忘れていた事に対してあれほど怒ってくれた事が嬉しい。





それは誰より彼女が俺の誕生日を共に祝う事を楽しみにしてくれていた証拠だから。





「それで?今日はどんなパーティをしてくれるんだ?」




ダイニングに近付くにつれ料理の香りや弟達の賑やかで嬉しそうな声に
自身も自然と顔を綻ばせながら花子に問えば彼女は俺の言葉にただとても幸せそうに微笑んで目の前のダイニングへの扉を開けた。
嗚呼、そんな俺より幸せそうな顔をしないでくれ。





誰よりもお前に愛されていると自惚れてしまいそうだ。





4月24日。
正座強要から始まった俺の誕生日はどうやらこれから酷く賑やかで幸せなものになるらしい。



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