ホワイトデー〜シュウさんの場合〜


「……ホワイトデーにすっごい渋くてサイテーな贈り物をどうもぶん殴りたい。」



「………俺がここまで愛を詰めてやったっていうのになんだその態度。」




「どの世界にホワイトデーにお茶贈ってきちゃう馬鹿野郎がいるんだこの穀つぶニート野郎!」




ぼかっ!



渾身の力でふわふわエンジェルヘアーの頭を宣言通りにぶん殴れば
先程まで半分寝ていた瞳は少しばかりはっきりしたけれど表情はふくれっ面の不機嫌さん。
…その表情を作りたいのは紛れもない私の方だよなにいかにも傷付きましたーみたいな顔してんだもう一回殴られたいのか。




「全く……シュウなら人間界の常識も知ってるでしょ?お茶を贈るって大体…」



「弔い事に贈られるんだろ?」



「………やっぱり知ってた。」




大きなため息をついてぶん殴りはしないけれど
やっぱり腹の虫が収まらなかったのでその綺麗な額を軽く小突けばぎゅっと瞑られた表情はちょっぴり可愛い。
でも私の言葉に応える彼の台詞が悪気なしでこんなものを送り付けてきたって訳ではないと確定されてしまい私の顔は見る見るうちに曇ってしまう。




「何…シュウは私に死んでほしいの?」



「ああ、死んでほしい。…だからコレ、贈ったんだけど?」



「………、」



心のどこかで、「そんな事はない」って言葉を期待していたのに
シュウはすんなりと私が投げかけた言葉を肯定してしまったので言葉を失う。
嗚呼、シュウは私に死んでほしいのか……




「……あんまりすぎるよね。よりにもよってホワイトデーに渡すもんじゃないでしょ。」



「いや、今日だからこれを渡そうって思ったんだ。………花子、」



「は?一体どういう、んぅ」




先月のこの日。
甘いものが苦手な彼の味覚を考慮して一生懸命作った甘さ控えめなチョコの返事が「死んでくれ」ってどういうことだ。
そもそも私達は愛し合っている仲じゃないのか、それともそんな考えも全部私一人が舞い上がっていただけなの?




呆れと悲しさと辛さと……色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざって逆に感情の欠落した声色で言葉が出てしまう。
するとそんな私を見つめていたシュウはよくわからない言葉と同時に唇を塞いできてしまったので、ぴくりと少しばかり体が反応してしまった。
嗚呼、私に対して死ねと言ってくる男のキスで感じてしまうなんてホント…私の体は単純で厭らしい。




「ん……シュウ、」



「ねぇ花子……死んでくれ。今すぐじゃなくていい。人間として死んで俺の傍にずっといて?」



「………、」




そっと離れた唇で紡がれた私の死を望む真実にぐっと胸が苦しくなった。
ねぇシュウ…それは無理だよ。
だって私は覚醒なんて出来ない只のどこにでもいる人間だもの。




彼の叶う事のない望みを聞いてしまってじわりと涙を浮かべれば
シュウは少しばかり困ったように笑って今度は涙が零れ落ちそうな私の目に可愛いキスを落とす。
どうしてだろう…唇、冷たいはずなのにちょっと暖かく感じる。





「花子が人間として死んだ後も……ここには、いてくれるだろ?」



「あ、」



「ここ、冷たくて寂しいから……花子が死んだあとはここに住んでてくれ。」




そっと手を取られて宛がわれたのは彼の左胸。
何の暖かみもなく、音も聞こえないそこに触れて改めて種族の違いを思い知らされるけれど…彼の表情は酷く穏やかだ。
ねぇ、シュウ…貴方、






「シュウは、私の事…愛しぬくつもりなの?」




「そのつもり」




「私が死んだら忘れてくれてもいいんだよ?」




「やーだ。俺は花子だけを愛して生きていきたい。」




「……シュウは永遠に私に縛られて生きていくの?」




「そう……なんかマゾヒストみたいだな。…くくっ」





じわり
じわり



唇が触れた瞳から涙が溢れて零れ落ちる。
私は忘れてしまうって思ってた…
種族違いで、彼と同族になる事が出来ない私が先に逝ってしまうのは必然で
だからこうして生きている間はめい一杯愛し、愛されて…
それで………それで私が死んだ後、シュウはまた誰かを愛するんだって、思ってた。




なのに目の前の彼は相変わらず穏やかな表情で
たかが人間の、短い時間しか生きる事の出来ない私に縛られて、愛し抜いて生きていくと言う。
嗚呼……




嗚呼、なんて愛おしい




「ねぇ、花子……だから、死んで?俺の腕の中で…そして俺のココにずっと、な?」




「チョコレート、そんなに嬉しかったの?」




「………煩い、」




彼の酷く深くて、それでいて重い決意が私の涙腺を壊して制御不能にする。
悔しまぎれに嗚咽交じりの震える声でからかえば
少しばかり頬を赤らめたシュウはもう黙れと言わんばかりにもう一度唇に噛み付いてきた。





史上最低のお返しは
今、私にとって史上最高のプレゼントに変わって彼の腕の中で泣きながら笑う事しか出来ない。




嗚呼、死んでくれと言われて
ここまで喜んでしまえる事なんてあるのだろうか。




「ねぇシュウ、私が死んでも……わすれないで、」




「ああ、さっきからそう言ってるだろ?」




彼の腕の中で本音をポロリと零せばそれさえも掬ってくれる彼は本当に愛おしい人。
忘れるって思っていてそれも仕方のない事だと割り切っていても奥底ではその現実が辛かった。




だからこそ彼のこの縁起でもない贈り物の真意が酷く嬉しくて…
彼を未来永劫縛ってしまうと言うのにここまで胸が高鳴ってしまうなんて






やはり私はどこまで行っても強欲で醜いままの人間のようだ、



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