ホワイトデー〜レイジさんの場合〜
私は只大好きなレイジさんに喜んでもらいたくて作っただけで
本当に……本当に見返りなんて求めていなかった。
あれだって…あのチョコだって本当…私の自己満足だったのに、
「あの、レイジさん…本当にこんな……いいんですか?」
「ええ、構いません…というか貴女の為に買ってきたのですから貰っていただかないとこれも只のガラクタになってしまいます。」
顔を真っ赤にして私の目の前に跪いている彼に訴えかけたら
彼は…レイジさんはおかしそうにクスクスと笑いながらも私の足を持つ手は離そうとはしない。
今私の足には彼の手によってとても綺麗な靴を履かされている。
何でもバレンタインのお返しという事だが…
「で、でも私!チョコもレイジさんみたいにおいしい素敵なの作れなかったし、それでこんなにも高価なお返しなんてあのっ!」
「いえ、あの贈り物は本当に嬉しかったんですよ花子さん。こんな贈り物では足りないくらいに……、」
それでもやっぱり申し訳なくてお断りをしようとしたときに丁度両足の靴を履かせてもらってしまい
もう後には戻れない状況に小さく溜息をつけば「おや、この靴はお気に召しませんでしたか」なんて言われたので慌てて首を横へと振った。
そしてじっと見つめる履かされてしまった深い深海のような青色のヒールに思わず息を飲む。
私には似合わなさすぎる位とても綺麗で上品なハイヒール。
まさかこんな素敵な贈り物を頂けるとは本当に思っていなかったのだ…
只レイジさんが大好きで、その気持ちを込めて自分なりに一生懸命チョコを作って送っただけ。
けれど逆にそれが彼の気を使わせてしまう結果となってしまったのかもしれないと思うと申し訳ないなぁって、思ってしまう。
そんな事を考えていればじっと私を見つめていたレイジさんが小さく笑って
履かせたばかりのその青いヒールにそっと唇を落とす。
「花子さんはご存知でしょうか?靴の贈り物の意味」
「…………?」
「離れていく…逃げて行くと言う意味があるらしいですよ?」
意地悪に笑う彼の口から出た言葉に首を傾げるしか術を持ちあわせていない。
離れていく…逃げてしまう…
レイジさんはそんな意味を持つものをどうして私にこうやって送ったのだろう…
彼の真意がつかめないままそっと手を取られ、されるがままに立ち上がればそのまま少しばかりきつめに抱きしめられてしまい頭に沢山の疑問符が浮かぶ。
「ねぇ花子さんどうか私から逃げてください」
「レイジさん?」
「こんな可愛らしい事をされてしまってはもう……離したくなくなってしまいます。」
言葉は逃げてと訴えているのに抱き締める腕にはどんどん力が込められてしまってもう逃げるどころか少し苦しい。
そんな彼がチラリと見せた先月チョコと共に渡したメッセージカードに思わず顔を熱くさせてしまう。
「“レイジさんだいすき、ずっと一緒に居たいです”なんて……ねぇ愛しい貴女にこんな言葉を頂いてしまってはもう私は人間の貴女を今すぐにでも殺してしまいたくなるんですよ」
「あ、う……うぅ、」
「花子さん…どうか私に抱かれて繋がって覚醒したくなければこの靴でどこまでも遠くへ逃げて?」
普段は恥ずかしくて伝える事の出来ない言葉を精いっぱい込めたカードの内容を口にされてもはや私は涙目で…
彼の言う通り今すぐこの場から逃げ出してしまいたいけれどそれを彼の腕は許してくれない。
嗚呼、レイジさん…言っている事と行動が矛盾しています。
逃げてと言っているのに貴方の腕はしっかりと私を抱き締めたまま
「私だって男ですから、思いを寄せている女性にこんな言葉……舞い上がる以外の選択肢はありませんよ」
「あ、の…でもその…」
「ほうら、花子さん…?逃げるなら今のうちですよ?でなければ私は人間の貴女の息の根を止めて吸血鬼へと変えてしまいます……ずっと、一緒に居たいので」
「あ、」
恥ずかしさと戸惑いのあまり言葉を紡ぐことが出来ないまま抱き込まれたままでいれば
ぶつりと皮膚が裂ける音と鉄の香りに嗚呼、もう手遅れだと無力に体を揺らすしかできなかった。
「嗚呼、逃げれませんでしたね花子……折角靴を用意して差し上げたのに愚かなヒト、」
まさかレイジさんが拙いチョコとメッセージにここまで喜んでくれているなんて思っていなくて
まさかこんな私と本当に永遠を生きようと考えてくれていたなんて思わなくて
彼の想いが酷く嬉しくて嬉しくて…酷く吸われて意識が朦朧としているにも関わらず私は弱弱しく、ふにゃりと微笑んでしまう。
用意されているようで全くの無意味な逃げ道…綺麗な青いヒールにポタリと一粒、作り替わろうとする人間の赤が落ちて広がった。
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