ホワイトデー〜ルキ君の場合〜


「花子、あの日はありがとう…礼だ」



「あ、ありがと……」



そっと差し出されたそれに私の声は消え入るようなものになってしまって溢れる涙を止めることが出来ない。
先月差し出した愛の塊の返事がこんな……あんまりだ。



「泣くな花子……俺まで泣きそうになる。」



「だ、って……こ、な……ひぅ、」



受け取ったプレゼントの上にぽたりと涙を零せばぎゅうっと痛いくらいに抱きしめてくれる彼に甘えて声も殺さずひたすら嘆き続ける。
貰ったプレゼントは黒いハンカチ……勿論この贈り物の意味なんて分かり切っている。





ハンカチを贈るという事はサヨナラを意味する。




「ルキ君……ルキ君、やだ…行っちゃやだよ」




「花子……俺だって、…………花子、」





何度も何度も彼の名を呼んで行かないでと懇願する。
その度に抱きしめてくれている腕の力は強くなってもう体がミシミシと悲鳴を上げそうになるけれど
いっそこのまま彼の手によって骨でも折れてしまえばいいとも思う。




「私の前から消えてしまうならどうしてあの時……受け取ってくれたの?」



「それは………、」




だいすきな彼の腕の中で小さな疑問を投げかける。
どうせ私の前から消えてしまうのなら、あの日…2月14日のあの日…
私から大好きがたくさん詰まったチョコなんて受け取らなければよかったのに。
ううん、きっと今までのルキ君なら私に余計な期待なんかさせないように受け取るわけがないのにどうして。



じっと答えを紡がれるであろうその唇を見つけていれば
何度か開いたり閉じたりして、一度ぐっと唇を噛み締めてからぽつりぽつりと
彼の口から…その声で……あの日の真意を語ってくれる。






「お前の……花子の前から消える前に記憶が欲しかった。……花子に愛されていたという、思い出が。」



「ルキ君…」



「俺の自己中心的な我儘にお前の気持ちを振り回してすまない…」






綺麗な眉を下げて懺悔の様に紡がれた言葉はとても狡かった。
ねぇ……そんな事を言われたら怒れないし、憎めもしない。




「ずるいひと」



「ああ、すまない…」



「ルキ君さっきから謝ってばっかり…最後位笑顔がいいんだけど」



「すまな………もうこれはくせになってしまっているな。」




気が付けば二人してぽたりと頬に滴が落ちていて
けれど最後の別れだと言うのに互いの表情は穏やかな笑顔。
嗚呼、なんだか晴れているのに雨が降っているようだ。




仕方がない。
だって私はイブではないし
彼はイブを誘惑する蛇なのだ




役割の違う私達が交差して混じりあう日なんて来るわけがない。




「寧ろルキ君を愛した事が世界のバグなんだねきっと」



「嗚呼、俺も……花子を愛したことが……、」




互いに愛し合っているのに別れなければいけないなんて酷な事
けれど相手が世界の…神の意志なのだから諦めないなんて子供じみた感情でどうにかなるようなものじゃないと言うのも分かってる。
ならばせめて…せめて別れの時くらい笑ってロマンチックに締めくくりたい。



「花子、このハンカチ…俺だと思って涙はこれで拭ってくれ。」



「ルキ君意外にキザだよね…ふふっ」



「花子以外にはこんな事言わないさ……本当は直接この涙をぬぐってやれる存在になりたかった。」




そっと包みから黒のハンカチを取りだした彼がさっきまで今も流れている涙をそれで拭ってくれる。
嗚呼、最後まで貴方の指で拭ってくれないのは私がその指の感触を思いだして更に泣いてしまわないようにっていう優しさ?




ゴーンゴーン




私と彼の関係の終わりの鐘がなる。
それは同時に彼が蛇として生きていく始まりの鐘…
もうこれで私と彼は二度と会う事がないのだろう。




「花子、さよならだ」



「………ん、さよなら」




終焉とはじまりの鐘の元
彼は私に背を向けてどこかへ歩き出す…
残されたのは私と小さな黒いハンカチ。



ルキ君、貴方の中で私は思い出になるのだろうけれど
きっと私の中で貴方は思い出にはならずに傷となると思う。




「ルキ君……っ」




その場で崩れ落ちてぎゅうとさよならの証を抱き締めて泣き叫ぶ。
もう抱き締めてくれる腕も優しくかけてくれる声もない。
嗚呼、私は本当に一人ぼっちになったのか。




愛してた……なんてそんな、
貴方を過去にして、綺麗な思い出にしてしまいこむなんて
出来るわけないじゃない。






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