春の逢瀬


“ああもう、ルキは本当に可愛いなぁ”



花子の笑顔はいつだって俺を救ってくれた。
あの余裕めいた微笑みが好きで愛おしくて
されるがままに甘えてしまっていた。


頼られる事、依存される事、甘えられる事…
そういうのがどれだけ重荷なのかは自身が分かっていたはずなのに
小さな体なくせに大きな心で俺を包み込んでくれていた花子に甘えて何も気づかないふりをしていた。


「あれからもう何年経つんだろうか…」



静かな暗闇の中冷たい石の前に立つ。
今宵は星も月も出ていない。
本当に真っ黒な闇の中で俺はうまく笑えているだろうか…?



「もう今は花子が俺に可愛いと言われる年齢になってしまったな…」



持ってきた花をその場において彼女の代わりに何度も冷たいソレを撫でる。
気付かなかった…いや、気付こうとしなかった俺の罪は決して消えない。


笑顔の下で「たすけて」と必死に叫んでいたお前の声から目を、耳を、逸らした。
俺自身が…俺だけが心地いい世界に浸っていたかったから。
今更謝った所でもう全て遅いのだが…それでも伝えたい。


「すまない花子…すまない、すまない…」



多分あの時の俺はお前に恋をしていただけで、愛してはいなかった。
だからお前の弱いところを見ようとはしなかったんだろう…
只々、お前の愛だけを受けたくて、お前を満たすことなんて考えていなかった。



その結果がコレだ。



「なぁ花子…もう俺はお前より年上になってしまった」



この世から自身を切り離して時を止めたお前とは違い、俺は永遠に歳を重ねていく。
もう今は花子の年齢を超えてしまっていた。
ああ、今ならお前の悲しみも苦しみも全て包み込めるというのに肝心のお前がいないだなんて



「愛しているよ、永遠に」



花子が生きているときに伝えることが出来なかった言葉。
それを毎年ここで囁いている。
この愛に気付くには少し時間が経ちすぎていて
それを補う術を知らない俺は只々後悔の海に溺れるしかない。



きっと花子が求めていたのは愛する事ではなく愛し合う事だった…



そんな些細な願いさえもかなえることが出来なかった愚かな俺は
また今日も独り、のうのうとこの世界を生きていく。



お前と同じく時を止めてしまうのは簡単だけれど
そうすればお前はこの先永遠に一人だろう?



「また…来年、くるから」



名残惜しげに石を撫で、足を屋敷に向けた。
さぁ、これから何事もなかったように皆のサプライズを受けなければならない。
この日、愛おしいお前を亡くしてしまった事は俺だけの秘密だ。



「ああどうか今年も何事もなく笑えますように…」



4月24日。
冷たく悲しい逢瀬はきっとこれからも静かに続いていく。



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