お菓子と罰と
「花子ねぇさま!僕、明日花子ねぇさまのお菓子期待してます!」
「…………え?」
一緒にお茶と沢山のお菓子を楽しんでいたら
カナト君がとても嬉しそうな笑顔でそういうから思わず首を傾げてチラリとカレンダーを盗み見る。
今日は10月30日…そして明日は、
「ああ、ハロウィン!」
「そうです、僕はねぇさまに悪戯するよねぇさまのお菓子がいい…」
うっとりと明日もらえるであろうお菓子に想いを馳せているカナト君はとっても可愛らしくて
そんな彼の表情に私のやる気は俄然むくむくと湧いてきてしまう。
だって私は甘いの大好きだけれど悲しいかな、最愛は甘いのがだいきらいなのでこう言うお菓子を作ってあげると言う機会が全然ないんだもの。
「任せて!腕によりをかけてたっくさん作ってあげるね!!」
それから私はこっそりすやすやと眠っている某シュウ君を起こさないようにと
使い魔さん達にお使いをお願いしてひとり、お城の厨房へと向かったのだった。
「よーし!これだけ作ったらカナト君も喜んでくれるはず!!」
達成感から出る溜息の心地いい事と言ったらない。
満足気に出来上がった沢山のお菓子たちを見渡して微笑む。
ううん、こんなに沢山お菓子作ったのは結構久々かもしれない。
カナト君は結構お菓子に対して厳しくて味は勿論だけれど形にもこだわりがあるみたいでとても作り甲斐があった。
そんな彼が私の作るお菓子が大好きだと言ってくれているのだから頑張らない訳がないのだ。
「さて、後は明日を待つだけ…」
「………なにこれ。」
「うわぁ!シュウ君!!」
いきなり後ろからぬっと手が伸びてきたと思えばそのままぐいっと背後に引き寄せられて思わず変な声。
けれど覚えのあり過ぎるその感触と香り、そして声ですぐさまそれが先程まですやすやと気持ちよさそうに眠っていた最愛だと気付きぐりんと首を動かしすぐ上にある彼の顔を見やった。
するとその表情はとても嫌そうなものだったので私は小さく苦笑して手を伸ばし、その白くて冷たい頬を撫でてあげる。
「ほら、明日ハロウィンでしょう?だからカナト君がお菓子欲しいって。」
「…そんなの適当に店で買ってきたやつやればいいだろ何で俺との時間割いてまでわざわざ作ってるんだよ。」
「わ、私の手作りがいいって…言われて…ぶふっ」
撫でられて気持ちよさそうだったのに私が大量のお菓子を作った理由を言うや否やすごく不機嫌な表情へと変わって
いつもより少しばかり早口でまくし立ててしまうシュウ君に思わず吹き出してしまった。
全く…弟君にお菓子作っただけでここまで嫉妬全開にしちゃうとか…
本当にどこまでいっても彼女ポジションは不動のようだ。
「仕方ないでしょう?それともシュウ君はお菓子作らずに明日迎えて私がカナト君に悪戯されちゃった方が良かったの?」
「は?そんなの許すわけないだろ?…でも、」
「え、シュ………ええ?」
少し意地悪で自惚れた台詞を吐けば少しかぶせ気味に怒気を孕んだ返答が返ってきてしまってちょっとくすぐったい。
自分で言うのもどうかとは思うけれど、シュウ君に愛され過ぎちゃってるなぁとは思うんだよね。
そんな少しばかり幸せな想いを噛みしてていれば私を抱き締めていた腕は静かに離れてそのまま体も離れてしまう。
どうしたんだろうと見守っていると彼はのそのそと沢山のお菓子たちの前へと歩み寄り
何を考えたのか大嫌いな筈のそれをひょいひょいとすごい勢いで口へと運んでいく。
「え、え、…ど、どうしたのシュウ君甘いの嫌いでしょ?」
「ん、」
「あ、うん!飲みものね!待っててね!!」
戸惑いながら謎の行動を起こし始めた彼に問いかければ答えの代わりに左手を差し出されたので
言いたい事を察して素早く飲み物をコップへと注ぎ、手渡せば一気に飲み干されて再びお菓子を食べ続けるシュウ君をもはや止めることは出来なかった。
「………あっま。胸焼けひどい。」
「………そりゃそうなるよね。…ってどうすんのシュウ君これ!!!!」
一時間後、消え入りそうな声で呟かれた台詞で真顔で返してしまうが
途中で我に返り心底気分が悪そうな彼に叫び散らせばその綺麗な指で耳に蓋をされてしまったので
私の顔面には数本の青筋が浮かぶ。
たべちゃった…
あれだけ沢山お菓子作ってたのに全部シュウ君が食べちゃった!!!
「もうもう!これじゃぁカナト君にあげるお菓子何も用意できないじゃない!!泣いちゃったらどうするの!可哀想でしょ!?」
「………だって。」
「だってじゃない!相変わらず可愛い!!」
怒りの怒鳴り声に対抗するのは静かなふくれっ面。
…シュウ君この顔に私が弱いの知っててわざと毎回やってるんじゃないだろうな。
けれどもうないものは仕方がない。ハロウィンの時間はあと数秒だ…間に合わない。
「ああああカナト君ごめんね…うぅ…」
「…さっきから花子はカナトばっかりだな。ムカツク。」
「だって約束してたのにシュウくんが、」
その場にへたり込んで落ち込めば更に不機嫌な声色で言葉を紡がれたけれどもはやそれに噛みつく余裕もない。
ただひたすら嘆いていれば徐にむにっと唇を指で弄ばれてしまう。
「?シュ、むぁ、」
「なぁ花子…もう12時過ぎてるんだけど。…trick or treat。」
「!?」
意地悪な…この上なく意地悪な微笑みでそう言われてしまって顔を青ざめてしまう。
だって私、今お菓子持ってない。
今目の前の意地悪すぎる微笑みでこちらを見てる大魔王シュウ君に全部食べられちゃったんだから。
「う、う、う…」
「ないよな。当たり前…俺がぜぇんぶ食べたから。…大人しく悪戯されてなよ。」
何も言えずに固まっていると弧を描いていた唇がますます角度を深くして
そっとこちらに近づいてきた彼の顔。
ああもう、こんな事ならシュウ君に食べきられないようにウエディングケーキとか作っとけばよかった。
…何て胸の内で後悔しながら諦め、静かに瞳を閉じた。
「…うん、何かこうなるんじゃないかなってちょっと思ってた。」
「…………きもちわる。」
現在私は未だに厨房ないで床に座り込んでいる。
しかし悲しいまでに真顔である。
そしてそんな私の膝の上には顔を先程の私なんかとは比べ物にならない位真っ青なお顔のシュウ君がぐったりとした様子で頭を預けている。
あの後…ゆっくり顔が近付いてきてからそのまま
ちょっとそういうのを覚悟していたのに彼はそのまま流れるように私の膝に顔を埋もれさせてしまったので何事かと思って目をあければこの状態だ。
…そりゃ甘いのだいきないなくせにあれだけの量をひとりで食べちゃったらこうなるよね。
恐らく今シュウ君のお腹の中では反乱と革命が巻き起こっている真っ最中なのだろう。
「カナト君に意地悪するからバチ当たったんだよ。」
「……俺が嫉妬してやったのに嬉しくないの?」
「いや、まぁ嬉しいと言うか可愛いと言うか…ううん」
膝の上のシュウ君を優しく撫でてあげながら本日の悪行をからかうと
相当ご不満だったのか腰に腕を回してぎゅうぎゅうと締め付けてくるので苦笑しか漏れない。
やはり私の最愛と言うのは格好いいよりかわいいが優ってる気がしてしまう。
「とりあえず、胸焼け治ったらお菓子買いに行くの手伝ってよね?せめてそれ位はしてあげないと可哀想。」
「……やだ。なんでカナトの為にわざわ店行かなきゃいけないんだ。」
「……シュウ君は私とお買い物デートしたくないって?あ、悲しい。」
「……………行く。」
ぎゅうぎゅうと締め付けられる腰の痛みに苦笑はやまないけれど
私の意地悪な質問に素直に応えてくれるシュウ君が可愛くて仕方ないのでこれくらいは許してあげようと思う。
…さて、後数時間。シュウ君の胸やけと私の膝の持久力を溜息つきながら見守るとしようか。
「あーあ。何かハロウィンでも相変わらずだなぁ。」
私の小さなぼやきはシュウ君には届いたはずなのに聞こえないふりをされてまた溜息を一つ。
まぁね、こういう毎日が愛おしくて仕方ないのは事実なのでこれはこれで良しとしてしまおう。
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