魔除け


「花子ちゃーん!トリックオアトリートっ!」



もさっ




「おう花子!トリックオアトリートだ!!」




ごそっ




「花子…全部、頂戴?」




がさがさ。




「………すごい。」




今私の両手は空っぽだ。
先程まで落ちる位と言うか実際にボロボロと両腕から零れ落ちていた位大量のお菓子が一瞬で無くなってしまった。



今日はハロウィン。
そして私に関して恐ろしい程まで過保護な最愛、ルキさんは予想を遥かに超えた量の魔除けと言う名のお菓子を手渡してきてしまった。



彼曰く「ハロウィンに乗じて絶対に逆巻シュウ辺りが悪戯と称して厭らしい事するに違いないから」らしいけれど…
何だかシュウさんはそんな事しない気がするんだけど。



しかしこんなに大量に頂いたのだからまぁルキさんが心配しているような事はないだろうけれど悪戯は免れるかなと思っていたのにこの状況。



一歩ルキさんの部屋の外に出るや否や待ち構えてましたと言わんばかりの弟さん達、コウさん、ユーマさん、アズサさんが
入れ替わりで私の前に現れてそれぞれごっそりと腕の中からお菓子を取り上げていってしまった。


最後のアズサさんなんかもう合言葉のトリックオアトリートさえ言わず全てのお菓子を持ち去ってしまったのでもはや私にルキさん特製の魔除けアイテムは残っていない。




…困った。
数秒前にもらったばっかりなのに。




「ん?花子どうした。扉の前に突っ立って…」



「ルキさ、」




「ルキくーん!花子ちゃんにトリックオアトリートって言ってよ!!」



後ろから扉を開ける音と愛しい声が聞こえたので
振り返り、お菓子を全てとられてしまった事を伝えようとする前に再び現れたコウさんがルキさんにそんな台詞。
気が付けばユーマさんもアズサさんも再びこちらに寄ってきてとんでも無く悪い顔をしていた。




…………もしかしなくてもこれは。




「あ、あのルキさ」



「は?まぁ今花子は俺の菓子を持っているだろうからな。花子、トリックオアトリートだ。」



「………ありません、お菓子。」



「は?」




…数秒が何十時間にも感じる重すぎる沈黙が流れる。
私の静止の言葉も遮られて数秒前まで大量のお菓子を持っていた私に軽率な発言をしてしまったので
ギギギとゆっくり全身を彼の方へと向けて空っぽになってしまった両手を差し出した。



瞬間背後から無神家弟さん達の歓喜の声とハイタッチであろうパチンという音が聞こえた。




「ざんねーん!!ルキ君の事だから花子ちゃんにいっぱいお菓子持たせると思って先手打たせてもらっちゃった!」



「花子は今菓子持ってねぇ。と、言う事は…男に二言はねぇよなルキぃ。」



「ルキ…花子に…イケナイ…お仕置き…はやく。」



三人にじりじりと迫られて遂に部屋の扉へと背中を預けてしまう私とルキさんに大量の冷や汗。
そうか…最初から彼等はこれが狙いでルキさんの部屋から出てくる私を待ち構えていたのか。




困惑する私。
何か葛藤しているようなルキさん。
…そして早くしろと言わんばかりの笑みなお三方。




そして不意に肩に乗せられた手に思わず顔を上へとあげる。




「ルキさん」



「花子、すまない。」



「え、は、え?」




視界には思いつめた表情のルキさん。
そして迫ってくる彼の顔にもうどうしていいかわからず只々体を固めてしまうだけ。




「お?お!?おぉ!?」



「やんのか?俺らの前で遂にやんのか!?」



「花子と…ルキ、が…ついに…っ」




弟さん達の何処かわくわくしたような声色に私は解せぬと思いながらも動けない。
どうしてだか今日は目の前の彼の瞳に捕えられたみたいな感覚だ。
……もしかして私、少しだけ期待して?




むにーっ




「ふぇふぃふぁ?」



「すまない花子…俺自身が花子を傷付けてしまったな。」




ぐっと瞳を閉じれば頬に軽い痛み。
驚きの余り閉じたばかりの目をすぐに開けばわざとらしい苦痛の表情のルキさんと頬が伸びる感覚。
あ、なんだ。
悪戯って頬を抓る事か。




「ええええちょっと何ソレ!!!期待外れ過ぎなんだけど!!!!」



「俺らが頑張って花子から菓子奪った意味ねぇよ!!!!」



「俺も…あまいのとか…すきでも…ない、のに…」




ルキさんの可愛らし過ぎる悪戯にぶーぶーと大きな声で不満を漏らす三人には申し訳ないけど少しホッとしてる。
多分彼らが望んだ悪戯って…その、キス…とかの事だと思うから。
そういうの、皆さんの前でって…少し恥ずかしい。




鳴りやまないブーイングをしり目に私の頬から手を離したルキさんは背後の扉へ再び手をかけて開き
私の手を引っ張りもう一度彼の部屋へと戻ろうとする。
不思議に思った私と弟さん達に振り向きざまにとんでもなく悪い顔をした彼は何だか大魔王のよう。




「弟達向けの悪戯はここまでだ。本番は…花子とふたりきりで、な?」



「え、ルキさ…あの、ちょっ!」




パタリ



私がどういうことなのかと問いただす前にしめられてしまった扉。
数秒その扉の向こうは沈黙だったけれど「爆発しろ!」と言う三者三様な言葉が響き渡り足跡が遠のいて消えた。




「ええと、ルキさん…あの」





ちゅっ




「………弟達の前だから見栄を張ってしまったがこれが精一杯だ。」




戸惑っておどおどとしていればそっと塞がれた唇。
ゆっくり離されて見えたルキさんは困ったように笑っていた。





「どうやら俺は相変わらず情けない吸血鬼のようだ。」



「…でも私はそんなルキさんが大好きです。」





互いに小さく言葉を紡ぎ合い微笑んで
所定の位置へと座る。
ルキさんはこじゃれた椅子の上。
私はそんな彼の傍に。




嗚呼、やっぱり私はこう言うルキさんが愛しくて仕方ないようだ。




「花子、今日はココにいろ。もう菓子は用意していないから。俺が一日守ってやる。」



「…ルキさんは大袈裟です。でも…はい、此処にいます。」



静かに笑って変わらない読書タイム。
嗚呼、初めからこうしていればよかった。
そうすれば他人からの悪戯に警戒しなくてもよかったし、弟さん達の無茶振りに困惑しなくてもよかった。




「ふふ、何だかルキさんが魔除けみたいですね。」



「…ヴァンパイアが魔除けんなて聞いた事無いが…まぁ、悪くはないな。」




そうだ、ヴァンパイアが魔除けなんておかしな話。でも…うん。
実際私を今日だけでなく全てから守ってくれているルキさんは紛れもなくそれに近いと思う。




嗚呼、そうか。
私…とんでもない魔除け様に傍にいてもらってたんだな。
…なんて。



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