優しいお説教


最近急激に寒くなってきていたのに服装を考えるのを疎かしにしていたのがいけなかったのだろう…
少し熱っぽいなと思い初めてもう一週間。




「普通に治ると思ったんだけど…」


ふらふらと覚束ない足取りで廊下を歩く。
一週間前自身の体の異変には気付いていたけれどたいしたことはないと思って放置していた。
時間が経てば自然に治るんだと思って風邪を軽く見ていた。




「ま…いいか、」



正直、今は自身の体調不良を気にしている余裕はないのだ。
学校の行事でどうしてかクリスマスパーティをする羽目になったので今はその準備でてんやわんや。
別に私一人が抜けようが何の影響もないだろうがその分、私の任された役目を誰かが請け負わなければならないのは申し訳なさすぎる。




小さな役割でもきちんと果たしたい。




「花子、」



「ルキさん…」



ふいに後ろから声を掛けられて振り返れば様々な資料を片手で持っていた最愛がそこにいたけれど
振り向いた時の視線の焦点が追い付かず彼の姿がぐにゃりと歪んだ。
…これは自分が思っているより相当弱っているのかもしれない。



「どう、したんですか?」



「ああ、催し物の資料を片付けようとしたらお前の姿が見えたから……花子?」



「…………え、あ、はい…そう、ですね」



彼の言葉もとぎれとぎれにしか聞こえず、辛うじて名前を呼ばれたのは認識したので曖昧な返事を返した瞬間またぐにゃりと視界が歪んだ。
…いやいや、こんなの大げさだ。
どうせただの軽い風邪のはず…なのに。




「花子…?お、おい、花子…?」



「あ…ルキさ、」



顔を覗き込まれた瞬間、視界も意識もぷつりとそこで途切れてしまった。







「……………あれ?」




「あ……花子、おきた?」




次に意識を覚醒させた時は学校の廊下ではなくてふかふかのベッドの上だった。
覚えのありすぎる香りに反射的に安堵のため息を付くとふわりと額を撫でてくれる手。
それをゆっくり視線で辿れば気付いた彼はふにゃりと柔らかく微笑んだ。




「アズサさん…」



「うん…俺…ちょっと…まってて?」



「……あ、」




どうしてこういう状況になったかは分からないけれど
眠っている私の傍にいてくれたのはアズサさんで、何度か優しく額や頬を撫でてくれた後静かに部屋を出ていってしまった。


アズサさんがいなくなった分、先ほどより静かになってしまった部屋を見渡してみる。
そして次第にじわりじわりと出てくる汗は正直体調不良のものではない。




まずい





これは非常にまずい。




覚えのありすぎるベッドの香り、
見覚えのありすぎる風景…




ここは間違いなくルキさんの部屋だ。





抜け落ちてる記憶を必死に辿るけれどはやり存在しない。
という事はあの後…ルキさんと話していて意識が飛んだあの後確実に彼に支えられて学校を早退してここまで運ばれてきてしまったのだろう。
……こともあろうに一番体調不良をばれたくない人にばれてしまった。




「………怒られる。」



ぼそりと呟いた言葉が非常に自惚れたものだとは自覚しているけれど
でも事実なのだ…




いつだって自身を大事にしろと言ってくれるルキさん。
それだけじゃなくて彼自身も私を本当に大事に大事にしてくれている。




だから…うん、
彼にだけはすぐ直るからと風邪を放置して悪化してしまった事実は知られたくなかった。




大事にされている自覚が目覚めてきてしまっているから尚更だ…




そんな幸せな自惚れをかみしめていれば再びガチャリと開かれた扉。
ちらりとそちらを見てみれば予想とは違う人物が立っていた。



「おーおー随分とぐったりじゃねぇか。大丈夫かよ、ああ?」



「大丈夫だったらその場で倒れないでしょ〜?もう、ユーマ君ってば脳みそも野生児になった訳?」




「ユーマさん…コウさん…」



ひょっこりと現れたのは私が予想していた彼ではなく、
彼の残り二人の弟さんだった。
じっと彼らを見つめればどうしてかコウさんは何かを察したようににやにやと意地悪な笑みを零す。



「ごめんねー?ルキ君じゃなくってさっ」



「あ、や…そ、そんな…」



「いや…ルキは…その…あー…あれだ、うん。」



どうして自分の心の奥底の考えをコウさんが当ててしまったのかは分からないけれど
私はそんなことを考える余裕もなくぶんぶんと首を横に振った。


するとユーマさんがどうしてだか気まずそうに視線を泳がせて、それを見たコウさんもその意地悪な笑みをますます深くしてしまったので首を傾げるしかない。




「あの…」




「ま、まぁ今はルキの事考えるより先に体治さねーとな。おらよっ」




どうしてだかルキさんの事を考えないようにと話をそらされてずいっと出されたのはシンプルなおかゆ。
その間にコウさんがゆっくりと体を起こしてくれていたので静かにお二人にお礼を言ってそれをひとつ、口にした。




ふわりと広がるそれは味さえも暖かな気が、した





「あの…ルキさんは…」



「………別に今はいいだろ。」



「………そうそう、今は花子ちゃんの体が一番、ね?」




人通り頂いて食器を返し、もう一度ルキさんは何処にいるのかと聞くと
やはり返ってきたのは曖昧な言葉。
二人とも少し困ったように笑ってる…。




…………もしかして、




「……、」



「!?花子ちゃん!?」



「お、おい花子どうした!どっか痛いのか?あ?」




ぽたり、ぽたり、
いつもより熱い涙が頬を伝って零れ落ちる。
それを見た二人がすごく慌ててしまうけれど今は気遣って笑顔にさえなれない。




もしかして、また自分をぞんざいに扱ってしまったから…ルキさん、呆れてしまったのだろうか…




「う、う…ルキ、さ…う、」



「あーもう!大丈夫だよ花子ちゃん大丈夫!!ルキ君は今そのあれだからええっと…とにかく大丈夫だよ!!」



これだけ時間が経ってもやはり完全にはネガティブな思考は消え去ってくれないらしく
一度考えてしまえば奈落の底まで最悪な仮説が転がり込んでしまう。



そんなことない…頭では信じれるけれどどうしても今弱っているのもあるだろうけれど
心は真逆の、呆れられた、見限られた、捨てられる…そんな単語しか浮かんでこない。



「ったく、花子がこんなに泣いてんのにルキの野郎…」



ぼろぼろと涙を零す私を見かねてユーマさんが大きな指でぐいぐいとそれをぬぐってくれるけれど
一向に止まるどころか彼が来てくれない時間が延びればのびるほど自身の後ろ向きな仮説が裏付けされて行ってるような気がして更に零れ落ちてしまう。




「ルキさ…ルキさん…うぇ、」




「ま、またせたな…」




「!?」




何度も何度も彼の名前を呼んでいればようやく聞きたかった声が聞こえて勢いよく扉の方へと顔を向ける。
急に振り向いたのでやはり少し視界がぐらついたけれどそれでも彼の顔を見れたのは嬉しい。




「ルキさ…………ルキさん?」



「…頭の上、その他諸々は気にしないでもらえると嬉しい。」




ようやく会えた彼の姿は少しおかしくて
余りにも驚いてしまって先ほどまでこぼれていた涙は嘘のように引っ込んでしまった。




「…コウ、ユーマ。後は俺が面倒を見る。」



彼のその一言でコウさんもユーマさんも小さく笑って外へと出ていってしまって
今はもう私とルキさんのふたりきり。
先ほどまで目の前の彼に呆れられて捨てられるんだと泣いていたので正直気まずすぎである。




「花子…すまない」



「え、ルキさん…?」



「最近忙しかったから…お前の体調不良に気付いてやれなかったな。」




何度も何度も優しく頭を撫でられて悲しそうな表情でそんな事を言ってくれる彼にじわりとまた涙が浮かぶ。
別にルキさんは何も悪くないのに…どうしてそんな事を言うのだろうか。



「あの…」



「今回は自分がどうでもいいから…じゃないんだろう?」



「………はい、」



ぎゅっと冷たい手で自身の熱い手を包み込まれて胸の内の気持ちを代弁されてしまう。
…学校の行事、自身の役割に穴をあけたくなかった。



例え居なくなっても影響がない役割でも…それでも自分に与えられたものは、…そう思って、



「自身の役割に責任を持つのはいいが…こうなってしまっては台無しだろう?」



「………ごめんなさい。」




素直にでた言葉。
今回は…今回も私が悪い。
自身の役割を果たしたいという思いが強すぎて結果、ルキさん達にご迷惑をかけてしまった。



恐らく倒れた私を抱えて帰ってきてしまったからルキさん達も今日の自身の役割を放棄してしまったのだろう。



役に立ちたいと言う思いが逆にこうして皆様に迷惑をかけてしまった形になって思わず下を向いてしまった。




「まぁ、その気持ち…わからなくもないがな。」



優しい声色はそれ以上私を責めなかった。
只、うつむく私の頭を優しく撫でるだけだった。




「花子、責任感があるのはいいが………これ以上心配はさせてくれるなよ?」



「…………はい、」




そうだ、もう私は独りぼっちじゃなかった。
無茶をしたら心配してくれるひとがいる、こうして自身の役割を放棄してまで傍にいてくれる人がいる。




もう一人じゃない。




だから、うん…




寂しくはないけれど、
自身の行動にも責任を持たなければならないのかもしれない。





無茶をしてしまった私を包み込んだのは
優しすぎる態度のお説教だった。





(ところでルキさん…その格好は一体。)




(…………花子を運ぶ途中で逆巻シュウに見つかった。)




(…………それで全身ボロボロで頭に大きなこぶが…という事はもしかして今まで…?)




(………聞かないでくれないか。)



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