エリート売り子アイドル


俺はスーパー人気アイドル無神コウ。
アイドル系ドS吸血鬼としてずっと生きてきた。



…そう、だからこんな世界とはホントに無縁だった。
というか今でも無縁でありたい。




「はーい、これとこれとこれ…で1600円になりまーす。いつもありがとねー?」




いつもお得意のアイドルスマイル。
けれどそれは今日に限っては分厚い眼鏡にさえぎられて効果は半減。
それでもこのイケメンアイドルオーラは滲み出てるはずなのに目の前のエム猫ちゃんは俺じゃなくて俺が差し出してる薄い本の表紙に夢中。



「あ、あの!花子さん…花子さんにこれ…差し入れを!!」



「………つたえときまーす。」



ようやくその表紙から視線を外したかと思うと頬を赤らめたエム猫ちゃんがごそごそとカバンの中からから取り出した可愛いお菓子をそっと差し出したけれど
ムカツク事にそれは俺宛ではなく、今他のサークル巡りをして不在である俺の最愛宛でちょっとイラっ。




…普段ならこういうのは俺が貰うんだけれど。




ここは現実世界であって少し違う。
だってここにあるものはすべて二次創作というノーマル、百合…そして花子ちゃんのいきがいであるホモが入り混じりひしめき合うカオスな空間。




そう…この世界では俺よりも花子ちゃんの方がずーっと有名人。
………なんせ大手配置である。



「コウ兄さん!!在庫!!在庫まだありますか!?」



「あー…っと、シュウアヤ新刊減ってきたから段ボールの中から、後逆巻ラバストもやばいからついでに出しといて!」



新人の売り子君の呼びかけに的確に指示を飛ばす俺はもはや猛者だ。
……だって花子ちゃんがちょっとでもヘマしたらすごく怒るんだもん。



ていうか知り合いのホモ本とかグッズを真顔でさばけるようになってしまった俺を誰か浄化してほしい。



「っていうか花子ちゃんホントどこまで行ってるんだよ!!スケブ溜まってるっての!!」



壁配置のスペースで俺の叫びがこだました。
現在冬コミ真っ只中、本日花子ちゃん新刊、グッズ売れ行き非常に良好。




「なんで…何で俺が!!俺は!アイドルで!!花子ちゃんの彼氏な訳で決して優秀な売り子じゃ…!」



「ただいまーコウ君。」



「おかえり、出かけてた間の差し入れは向こうだよ。後そろそろ新刊完売しそう…って買ってきた同人誌はこっち入れてね、纏めて宅急便で送るから。」



…………。



「いやいやいやいや!!何してんの!俺何してんの!!めっちゃ優秀!!めっちゃ優秀な売り子!!!」



「やだコウ君今最高に頼もしい…!」



「何でこんな時だけ可愛い顔するんだよ馬鹿花子ちゃん!!」



条件反射で出てしまった言葉に花子ちゃんはキュンキュンとした表情で見つめてくるから
すっごく嬉しいけどすっごく腹立つし複雑な気持ち過ぎてどうしようもない感情をバンバンと机にたたきつけた。



「もう、ホントいつもコウ君ってばうるさいよねぇ…」



「猫かぶり花子ちゃんには言われたくない」



「………」



「あ、うそうそごめん花子ちゃんマジごめんいつだって花子ちゃんは恥じらい乙女だよ今日も可愛いねなので足踏まないで。」




今日の花子ちゃんは普段よりちょっぴりお洒落。
彼女曰くホモの戦場は身を清め、最大限の誠意を持ったお洒落をして挑むべきらしいんだけど…
……正直彼氏とのデートもこれくらい気合い入れてくれてもいいと思うよ俺は。



そして普段なら俺が喚き散らせば顔面に飛んでくるパンチが今日はやってこない。
…花子ちゃん、同人サイトやTwitterでは暴力なんてとんでもないとか言う感じの可愛い女の子演じてるからなぁ。



まぁ、暴言の報復は静かに机の下でいただいてしまってるわけだけど。




「それにしてもこんなに早く売れちゃうとか…なんなの皆ホモに飢えてるの?日本病んでるの?」



「逆だよコウ君。みんなシュウ様のエエ顔が見たいという純粋なる思考の元私の新刊をだね。」



「……もうこの新刊シュウ君に見せてやりたいよすっごくクレバーにアヤト君抱いちゃってるし。」



机が寂しくなってきた頃に小さくぼやけばどこまでもドヤ顔で語りだした花子ちゃんに大きなため息。



全く…最高にエロいホモ本にされてるけどここまで誇らしげに花子ちゃんに語られちゃうシュウ君に嫉妬。




…俺だって花子ちゃんに誇らしげに語られてみたい。



「あ、あと一冊だ。」


「すまないがこの逆巻6兄弟総当たり本をくれないかい?」



「はーい、こちら800円になりまー…」



残り一冊となった今回一番力を入れたであろう新刊を指さした最後のお客に
普段通り営業スマイルで対応しようとして俺の表情はビシリと固まった。
……いや、何でこんな地獄より地獄らしい所にいらっしゃるんですか。



「いらっしゃーいカールハインツ様。」



「やぁ花子。随分繁盛しているみたいだね。」



「花子ちゃん俺泣きそう。」



最後の来客にへらっと笑う俺の最愛。
そしてその客人はとても見覚えあるすぎる王様だったので俺はもうなんか…うん、
神様ってやっぱいないんだって思った。



「な、なんで冬コミに普通に参戦されてるんですかカールハインツ様ここは貴方が来られるところじゃないていうか俺だってきたくて来てるわけじゃない。」



「いやぁ花子のお使いを…ね?」



カールハインツ様の苦笑と共に出たお言葉を聞いてばっと反射的に彼女を見やれば
「テヘペロっ」みたいな表情。
……俺たちの!!俺たちの神にも等しいお方をホモ本漁りのパシリに使わないでよ!!!



「花子ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!!!!」



「煩いよコウ君黙って愛してる。」



「わぁ、妬けちゃうね。」



「どこに!?どこに嫉妬できます!?カールハインツ様!!教えてください!!!」



花子ちゃんの最後の本が彼の手に渡って代わりの置かれたのは大量の18禁ホモ漫画。



…そういえばここに新刊買いに来てたエム猫ちゃんたちがとんでもない美形でダンディなおじさまが片っ端からエロホモ本買い占めてたって噂してた…



紛れもなくカールハインツ様の事だ。



そしてその大量の同人誌は再び大きな声で喚いた俺へと雪崩れ込んでそのままベシャリ。



見下ろす花子ちゃんから愛の言葉が降ってきて、それを聞いた彼女の悪友こと俺たちのかみさまが嬉しそうに笑ってるけど
どこが…どこがうらやましいのだろう。



もうあれだったら今日一日くらい変わります?カールハインツ様。
俺はホモの世界から遠く離れたい!!




「ねぇ花子…コウがこの世界から離れたいらしいよ?」



「………え?コウ君遂にホモ通り越して百合に目覚めたの?仕方ないなぁオススメのサークルさん教えてあげ…」




大量のホモ本の下でぐずってれば俺の考えが読めちゃったカールハインツ様からの言葉を聞いた花子ちゃんが
名案とばかりにオススメの百合サークルを進めようとサークル票をずいずいと押し付けてくるけれど
俺はもう満身創痍で叫び散らす気力さえ残ってない。



「俺の本命はコウ花子です…若干花子クラスタ入ってます同担拒否です。」



その言葉が本日、俺の最後のものとなってしまった。




もう絶対…ぜぇぇったいコミケとか行かないんだからね!!




…いや、きっとこの願いは儚く消えるだろう。
だって薄れゆく意識の中で花子ちゃんがどっかの大手さんとプチオンリー主催するって聞こえた。



くそう、俺は花子ちゃんの彼氏であると同時に優秀すぎる売り子なので
きっとまた日曜日、イベントで休日抑えられてしまう。




………優秀すぎる俺が憎い。



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