あてつけ


それは私とアズサ君が付き合い始めて間もない頃の出来事。



「ああん!アズサ君!アズサ君今日も天使だね!!食べて良い?」


「……、」




今日も今日とて天使で可愛い可愛いアズサ君をぎゅうぎゅうと抱き締めていれば
ぼやーっと虚ろなその表情は私ではなくどこかを一点集中で見つめていた。
アズサ君の気をひいてしまうものが何かなんてわからないけれどソイツマジぶっ飛ばしたい。



アズサ君には私を構うと言う大仕事があるのに!!




「アズサ君アズサ君何考えてるの?いや寧ろ何見てるの?そんなのより私を構ってぎゃんかわ天使。」



「花子、さん…」



「んー?なぁに?」



彼に抱き着く腕の力を強くして私がいますよアピールをし続けるとようやくコチラを向いてくれたアズサ君に大歓喜。
名前まで呼んでくれたので今夜は絶対に素敵な日になるに違いない。
そんな事を思っていれば可愛い可愛いお口からはこの世の摂理的な質問。



「花子さん…は、俺の事が…すき、なんだよね?」



「うんそうだよ!!だーいすき!!もう付き合い始めてから大体5000回くらいは言ってるかな?まだ足りないけどね!!」



「じゃぁ…」



もう何度も伝えてる言葉を催促されたと思って当然のように囁いたというより叫べば
今までならふにゃりと笑ってありがとうと言ってくれるのに今日は少し違うようで
私の手に彼の愛用のナイフを置かれてしまった。




「アズサ君?」



「俺の事…好きなら…俺を…傷つけてくれる…よね?」



ぐっとそれを握らされてずいっと彼の顔が近付いてきた。
ああ、やっぱりその顔も可愛い大好き今すぐその唇を塞ぎたい。
けれど今はそんなことはできそうにない。




だって彼の瞳が何かを試すような色をしていたから。




「アズサ君…、」



「出来ない…?俺の事がすき、なのに…俺のお願いは…聞いてくれないの?」




じっと私を見つめる瞳は揺れない。
どこまでもまっすぐに見つめてくる。
試されている。
すぐにそう思った。



好きなら…私が本当にアズサ君を好きなら
彼の望むがまま彼を傷つけることが出来るだろう…
けれど上辺だけならばそんな恐ろしい事と拒否をすると思っているのか…




なんて悲しい愛の確認なのだろう。



嗚呼、やっぱり言葉だけじゃあまり伝わらないようだ。
私はこんなにもアズサ君が大好きなのになぁ。




「アズサ君、私こう見えても独占欲半端ないんだよねぇ。」



「花子さん…?」



ぷつりと皮膚が裂ける音が控えめに響いた後ふわりと鉄の香りがむせ返る。
けれどそれは細すぎる彼の体からではなかった。




「………?なに、してるの?」



「いったぁ…ああ〜…痛い。涙出そう。」



じわり、
滲み出る赤にじわりと浮かぶ涙に苦笑する。
傷付いたのは彼ではなく紛れもない私だ。



「花子さんも…いたいの…すき?」



「ううん、だいっきらい。ていうか不快。やだ。痛い。つらい。」



少しだけ腕に埋まっていたナイフをゆっくりだと痛いので勢いよく引き抜いて
間抜けな断末魔を上げる。



痛くて嫌いで不快な行動をどうして起こしたのかアズサ君は全然分かってないみたいでくたりと首を傾げた。




そんな可愛い仕草に私はもうメロメロだけどやっぱり傷つけた腕が痛くてポロリと一粒、涙がこぼれた。




「私、これ以上アズサ君を取られたくない。」



「……え?」



「だから、これ以上アズサ君の体に友達作りたくないんだよ。その分アズサ君が私を構ってくれる時間、無くなるもん。」



私の言葉に少しだけ目を見開く彼にまた苦笑。
彼の過去も傷に名をつけてかわいがる理由も知ってる。
なにせ私のマブダチは彼にとっての神様だ。
アズサ君に関して知らないことの方が少ない。




「ねぇアズサ君すき…だいすき。だからごめん、私…自分で自分のライバル増やすような真似はしたくない。」



「…………そういう、かんがえも…ある、んだ。」



「ふへへ…いったぁ…」




今の彼に正論なんて通じる訳ない。
それに正直アズサ君の望むことならなんだってかなえてあげたいのが本音。
でもその前に…正直、彼が彼の世界へ閉じこもる相手を増やしたくないという想いが勝ってしまった。




別にアズサ君を一般的に言う普通へと戻したいわけじゃない。
さっきも言ったようにこれは私の独占欲だ。



大好きな天使には一秒だって長く私を見てもらいたい。




「じゃぁなんで…自分を…傷つけたの?」



「これはねー…当てつけ。」



純粋な彼の疑問に少しだけ意地悪に笑う。
そして未だに血が止まらない傷口をそっと優しく撫でた。



「アズサ君。」



「え、」



「この子、アズサ君って名前にする。…大好きな名前だから可愛がらざるを得ないね。」




彼が大切な人の名をそれらに付けるのに習って私もこの世で一番大好きな目の前の愛おしい人の名を取った。
…今度は私が彼を試す番だ。
どうだろう…彼は、アズサ君は私がこの小さな傷口を愛でる事に少しは何か思ってくれるだろうか。




出会って告白して押し付けるように付き合う形になったら奥底では自身がなかったのかもしれない。
こんな形で彼のすきを試して本当に申し訳ないけれど、なんて…




そのとき、彼の眉間が少し…少しだけ
不愉快に歪んだのを見て私は大きく目を見開いた。




「ふへへ、アズサ君やっぱりだいすき。天使…可愛い。私の天使!!」



「花子さん……?」



ぎゅうぎゅうともう一度彼を抱き締めると力を籠めるたびに血がしたたり落ちる。
嗚呼、痛い…本当に痛いなぁ。
でもそれよりも今は嬉しさが増してしまっているのでどうでもいい。





少しばかり不快に歪んだ眉間。




それは少しでも彼の中に私を独占したいという気持ちが芽生えている証拠だ。
でなければ私が傷を愛でると言ったとき同族だと逆に喜んだろうに。



「大丈夫だよ!!このアズサ君はすーぐいなくなっちゃうから!!ね!?」



「……?そんなの聞いてないよ?どうしてわざわざ、伝える…の?」



「ああああ無自覚!無自覚なのアズサ君ますます可愛い!!」



小さなその“アズサ君”は数日で消えると安心させるように教えてあげると
よくわからないと彼は首を傾げるけれど、私の言葉を聞いて眉間の皴は全くなくなっていることはアズサ君は気づいていない。




いつか…
嗚呼、いつか、



その芽生えたての小さな小さな独占欲が
体いっぱいに広がってこの細すぎる腕が私をつかんで離さないようななればいいなぁ…なんて




愚かで浅はかな、天使みたいな彼とは程遠い私は
静かにそんな邪な考えを隅に、彼を腕に抱き静かに微笑んだ。



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