男のロマン


「はぁ…くだらない。」



じっと珍しく起きていて手近にあった雑誌に目を通してでかい溜息をひとつ吐く。
そこにあったのは新婚さん特集というなんともまぁ頭悪そうなもので、この知能指数低すぎるページに視線を落としたことに酷く後悔した。



…こんなんだったらいつも通りクラシック聴いてずっと目を閉じていた方がよほどましだっただろう。
なんでこんなの見ようと思ったんだろう。





そこに書かれているのは新婚ならではの頭悪すぎるやり取りが沢山載っていた。
くだらない…下ら無さ過ぎて頭痛い。
もう一度大きなため息を付いてそれを閉じようとした瞬間、一行…たった一行がバシリと脳内へしっかりと焼き付いてしまった。




「………低俗な雑誌も悪くない。」




この言葉はちょっと俺の事が好きすぎてツライあの最愛に言ってもらいたいかもしれないと
頭の記憶にしっかりと焼き付けて使い魔を呼び出した。









「私に死ねと。」



「………何で俺が一人で出かけるだけで花子の生死に関わるんだ。」



真顔でそんなことを言い出した花子にこちらも真顔で返してしまう。
一日離れただけであんた死ぬっていうのかどんだけ俺の事好きなんだよ…



いや、うん。花子なら死ぬかもしれない。
今までの事を思い返し、こいつなら本当に死んでしまうとまではいかないだろうが…そうだな、使い物にならない位生気は抜けそうだ。




「すぐ戻るから…な?いいこで待ってろ。」




「ああああああシュウさん…シュウさん無傷で帰ってきてくださいね擦り傷でも作って来たら私は一か月は軽く貴方を離しそうにない!!」




「………軽く監禁宣言をするな。」




そっと二三度頭を撫でて扉に手を掛ければ震えまくる声でそんな事を言われてしまい少し引いてしまう。
俺のこと好きすぎるし大切にしすぎるのも程がある。
もうちょっと雑に扱ってもらっても全然構わないというか雑に扱えよ。





小さく息を吐き、涙を溜めて俺の無事を祈りまくる花子を一人残して外へ出た。
さて…後はどうしよう。



正直用事なんてこれっぽちもない。
俺はただ…ただあの雑誌に載ってた台詞を花子に言ってもらいたいがために部屋を開けたのだ。




「使い魔…うまくやれよ?」



事前にあの雑誌を預けた使い魔に静かなプレッシャーを与える。
さりげなく…あくまでさりげなくあの雑誌のあのページを花子に見せるんだ。



そうしたら自分で言うのもなんだけど俺の事が大好きで仕方のない花子はキチンと実行に移してくれるだろう。




「……人間の男のロマン、ねぇ。」



小さな俺の言葉は誰にも聞かれることは無かった。








「………はぁ。」



数時間後、再び部屋の扉に手をかけて小さく息を吐く。
いける。
俺は俺の事を大好きな花子を信じてる。



今まで別に目的があるわけでも無かったので
テキトーな所で惰眠を貪っていたので割と珍しく目が冴えている。
………まぁこの後花子があの言葉を呟いた瞬間構い倒すだろうと言う少しばかりの下心があったりなかったりはする。




ガチャリ



ゆっくりと扉を開けば目の前にはわくわくといった表情の花子の姿。
机の上には例の雑誌がキチンとあのページを開いてる。
………今度使い魔に褒美を渡そう。




「花子、ただいま」



「しゅ、シュウさんおかえりなさい!ええと…」



心なしか自分の声が弾んでいたのが少し恥ずかしい。
けれどそれ以上に嬉しそうな花子の顔に思わず表情が和らぐ。
嗚呼、この反応は間違いない…言ってくれる。




そわそわと互いにしていれば満を持して紡がれる最愛からの言葉。





「ぬいぐるみ?抱き枕?それともお布団ギュってして寝ますか?」



「おいちょっとまて俺が知ってる台詞じゃないソレどういう事だ。」




すげぇドヤ顔で言われてしまった俺が期待した台詞とはかけ離れたもの
らしくないとは分かっているが少し早い口調でまくし立てると彼女はきょとんと首を傾げる。




「だってシュウさんと言えば睡眠なので私はお疲れのシュウさんに少しでも質のいい睡眠をと…これを見ましてですね!!」



「ああ、見たことは見たんだなじゃぁここの文字見えなかったか?ん?男のロマンって書いてるんだよ男のロマンって俺は普通に聞きたかったんだよご飯にする?お風呂にする?それとも私?って…なんで俺が言ってんだ。」



「ええ!?じゃぁご飯とお風呂の後にシュウさんを頂きたい!!」



「黙れ」




花子の暴走は止まることを知らない。
そして俺の早めの口調も止まることを知らない。
想定外だった…花子が俺の事好きすぎてこの台詞アレンジしてくるとは思ってなかったというかコイツの中で俺はそんなに睡眠キャラなのかと思ったがそりゃいつだって寝てるからそうか。




「ほら、花子…わかったら言え今すぐだ。」



「え、でもシュウさんはやっぱり気持ちよさそうに眠っているのが一番かわいくて大好きなので…」



「………ああもう、」




もうこうなったら回りくどい事なんてしたところで無駄だと悟り
ガシリと彼女の肩を掴んで迫れば今度は真顔で常識だろと言わんばかりでとんでもなく恥ずかしい事を言われてしまってもはやお手上げだ。




…くそう。どうやら花子は俺がすやすや気持ちよさそうに眠る姿が大好きらしい。




「わかった…わかった。じゃぁせめてこう言ってくれ。」



「……!」



今日一番の長い溜息を吐いてコソリと台詞をリクエスト。
すると彼女はぼふんと顔を赤らめてしまうが俺が望むならと震えまくる声で必死に紡いでくれる。




「しゅ、シュウさ…ぬいぐるみ?抱き枕?そ、それとも…ぐふっ」




「頑張れ…くくっ」



ぶるぶると最後の台詞の前に間抜けな断末魔が響いて吹き出しそうになる。
くそう…花子はほんとこういうセリフ苦手だよなというか俺に伝えるのが苦手というか…面白い。




「ほーら、花子…お願い。」



「あああああシュウさんシュウさん可愛い可愛いです何そのオネダリ可愛い天使うわあああ」



「こーら、脱線してる。ん、」




はやくと、せかす様にねだれば遂に俺への愛おしさで涙腺を崩壊させた彼女から
またいつも通りのお約束な雄たけびが出てしまったので軽く額を小突いた。




そしたら数回、大きくて深すぎる深呼吸の後、運命の決断をしたような真面目な瞳で射抜かれてしまう。




「ぬ、ぬいぐるみ?抱き枕?そ…それとも…わ、わわわ私抱き締めて寝ますか!?」



「ぶはっ!…勿論花子。」



何でこういうセリフを世界の命運をかけたような面持ちで言うんだよ花子。
余りにも面白すぎて吹き出してしまったけれど頑張ってくれた彼女の心意気を無駄にしないようにとぐいっとその体を抱き寄せてそのままベッドへと雪崩れ込んだ。



「ああああシュウさんご機嫌ですねえええあああかわいい」



「あーはいはいご機嫌ご機嫌。だから黙れってうるさい。」




正直もっとこう…な?
俺としては大人の展開へと持っていきたかったのだが眠る俺の顔が可愛いとか真顔でのろけられたらもうどうにもできない。




割と目は冴えてしまっているがこの最高に俺の事が大好きすぎる馬鹿な最愛に免じて今日は勘弁してやろうと思う。




まぁ、いつかはきちんと言わせてやるけど…な。



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