地雷


「ええ〜?これ、ホントに言わなきゃいけないの?」



文化祭の台本を渡されてげんなり。
いやぁ人気アイドルって辛いよね、こういう催し物で満場一致の主役にすぐ抜擢されちゃうんだからさ。



別に大したことはない。
芸能界でもドラマとかしてるんだから文化祭の劇とか軽い。
ていうかこんなの俺にとっては余裕すぎる。
じゃぁ何をこんなにも渋っているのかと言えばラストシーンの台詞である。



「ねぇコレホント言わないといけないの?『だいすき』じゃ駄目?」


「私の台本一語一句変更は許しませんよ。」



項垂れる俺の前で銀縁の眼鏡をキラリと光らせて睨みつけてくる脚本家…もといお母さんっていうかレイジ君がぴしゃりと俺の意見を切る捨てるものだからながーい溜息が出てしまう。
まぁ…うん、脚本家がそう言うなら従わないといけない。



今回レイジ君は演出も兼ねてるし、何かすごいこだわりあるみたいだからこれ以上嫌だって言っても話の無駄。



正直この役降りたんだけど…さっきこっそり使い魔が寄越した手紙に「コウの主役楽しみにしているよ。こっそり見に行くからね カールハンツ」って書いてあったから逃げるに逃げれない。


「わーかったよ!演技だもんね。仕方ない。…花子ちゃんも分かってくれるよね!!」



もう色々諦めて大きな声で捨て台詞を吐いてその場を後にする。
手に持ってる台本をチラリと見てもう一度溜息。
演技…これは演技だ。大丈夫。



「“愛してる”……ね。」



正直この言葉は花子ちゃん以外に言いたくない…けれど台本に載っていたこの文字。
記憶が消えた時だって言えなかったのに言えるわけないんだよ。
ていうかマジ言いたくない。
でも無理言えないって言ってレイジ君に見下されて嘲笑われるのも腹が立つのでやってやる。



「あー…こんなの絶対今夜はコブラツイストだ。」


台本内容確認する前にこれ、花子ちゃんにも見せてるって言っちゃってたレイジ君を言葉を思い出して
今宵、俺の扱いを心配して何度目かの溜息を吐いた。




「え〜っと、花子ちゃん。あの…あのさぁ。」



「コウ君。ん。」



「え、」



いやいや、何なら舞台が終わるまで彼女を避けまくってれば俺の体の安全は保障されるんだろうけれど
正直寂し過ぎて俺の精神力が先に根をあげちゃうって思って恐る恐る花子ちゃんの部屋の扉を開けた。


すると入室早々絶対顔面に拳が飛んでくるって思ったのにどうしてだがそれはなくて
その代り俺の登場に気付いた彼女がこちらを振り返って両手をばっと差し出したのでもう頭にハテナマークである。



え、ちょっとまってコレ…俺の勘違いじゃなかったら抱き締めてって催促してるみたいなんだけど!?




予想外すぎる花子ちゃんの行動に動揺しながらもおずおずと近付いて行って
そっとその体を包むとなんと背中に差し出されていた腕が回されてきゅっと弱弱しく抱き締めてくれる。





…あれ、これ花子ちゃんなのマジで!!!




もしかしなくとも俺を喜ばせといてこのまま絶対ジャーマンスープレックスに持ち込む気なんだってガタガタ震えてたけど
数秒経ってもその気配は全くない。


…おかしい。花子ちゃんがおかしい!



いや最愛の部屋にはいるなり顔面殴られるんじゃないかとか抱き締め返してくれた後にプロレス技を警戒してる俺の神経がおかしい訳じゃない。
こんな花子ちゃんが無条件にデレてくれる事なんて一度もなかったんだ!!!



「ちょ、花子ちゃ…一体どうし、」



「んー…」



「うわわわわわわ待って待って花子ちゃんホントまってどうしたの俺今なら嬉しさで死んじゃうと思う!!!」




ぎゅうぎゅうと俺に抱き付いてた花子ちゃんが今度がぐりぐりと胸へ顔を寄せて猫みたいにすりすりとして着てしまうのでもう俺の顔は真っ赤である。
ずっと!花子ちゃんに!!デレてもらいたいって思ってたけど!!!
やばい!実際にされると刺激が強すぎてもうなんか色々無理だ!!!



「花子ちゃんっ!」



「…っ」



「花子ちゃんホントどうしちゃったの…って、え。」



思いもよらぬところで念願叶ったけれど予想外すぎる刺激に易々と限界突破してしまい、ぐいっと彼女を引きはがせばようやく見えた彼女の表情にビシリと固まる。
え、どうしたの…なんでそんな不安そうなの。




なんでそんな泣きそうなの?




「花子ちゃん、どうしたの?どっか痛いの?それとも病気?ホントどうしたの!?」



極力彼女の思考を強制的に読みたくはなくて
必死に彼女の肩を掴んで問いただす。
すると返って来たのは普段の彼女では考えられない位の震えた、もう泣いてんじゃんて位の悲しい声で可愛すぎる台詞。




「だってコウ君…他の人にあいしてるって、言うんでしょ?」



「………………花子ちゃんちょっと携帯かして。」




いつだって逆巻さんすきすきだいすきホモでもその他諸々地雷なんてないですよな花子ちゃん。
そんな彼女の決定的な地雷を見つけてしまったような気がする。


その表情は酷く悲しそうでもうこれ以上は見てられなくて少し早い口調でまくしたてて本人の許可を得る前に携帯を取り上げる。
そしてポチリと通話ボタン。通話先は勿論彼女のメル友様である。




「もしもしカールハンツ様ですか?突然すいません。コウです。あの…文化祭の劇なんですけど…はい、レイジ君に…はい、はい。…お願いします。」




伝えたい内容を全部伝えて終話ボタンを押せば花子ちゃんがすごく不服そうな顔で俺を見てた。
そんな彼女に苦笑してまた安心させるようにぎゅーって抱き締めてあげる。
普段分かりづらいけどさ、花子ちゃんって俺の事ホント愛しまくってるよね。



「ごめんねー。俺がこうしたかっただけだよ。我儘な彼氏で悪いね。」



きっと彼女が不服そうな顔をしたのは自分の意見で俺がカールハインツ様を通してレイジ君に台本の内容を書き換えさせようとお願いしたのを感づいたから。



レイジ君の妙なこだわりと俺のくだんない意地を自分の所為で台無しにしちゃったって思ってるんだろう。
ホント、変な所で遠慮しちゃうよね花子ちゃんは。




でもさぁそういうの…花子ちゃんにそんな顔させてまで貫くことじゃないし。
キミに安心してもらうためなら俺はなんだってする。




「あいしてる」って言葉。
感情が籠ってなかったら只の単語なんだろうけれどでも…
俺と花子ちゃんの間ではそれでも…それでも大事な五文字だ譲れない。




「ごめんね花子ちゃん…愛してる。」


「………次の新刊はコウ君総受けにしてやるんだから。」


「ええ〜?総受けってちょっと俺逆巻さんの誰にだかれちゃうんだよもー」




ちょっと拗ねちゃってる花子ちゃんからもう相変わらず過ぎる死刑宣告が告げられたけれど
今回はやだやだって喚き散らす気にもなれない。
だって今の花子ちゃん…すっごく可愛いんだもん。
総受け本とか余裕で出しちゃっていいよーとか思っちゃってる。




きっと今頃カールハインツ様にアイツされちゃってギリリと奥歯かみしめながら
台詞を変更してるレイジ君を思い浮かべて今度いいお店の紅茶買って来ようって決めた夜更け。




花子ちゃんの可愛いとこ、見れるのは嬉しいけど…うん、
やっぱり俺はいつもの余裕で馬鹿でホモ大好きな花子ちゃんが一番好きなのかもしれない。



戻る


ALICE+