リトル・ネガティブ


すごいことが…すごいことが起きちゃった。



「………ええと、花子ちゃんかな?」



「うん!花子!」




ど、どうしよう!
今ルキ君丁度夕飯の買い物行って出かけてるんだけど、これ…どうしよう!!
目の前にはきらきらと大きな目を輝かせながら俺を見上げてくる幼女が1人。
元さっきまで俺と一緒にルキ君の帰りを待っていたいつだってネガティブ思考な少女…なんだけど。



「やばいやばいこれヤバい。こんなのルキ君に見つかったら俺ホント消されちゃう!!」


「るきくー?」



ガタガタと震えながら今後の自身の身の保証を考えていると
小さな花子ちゃん、リトル花子ちゃんはくたりと首を傾げて未だにこちらを見上げっぱなしである。
………んんん、不謹慎かもしんないけど、このリトル花子ちゃん超かわいい。



いや、ちょっと以前にカールハインツ様から頂いたヴァンパイアジュースが余ってたので
花子ちゃんにおすそ分けしようって軽すぎる気持ちでグラスに注いで上げたんだけどそれがどうやら間違いだったみたい。
だってあれは吸血鬼だけに効くお酒のようなものだから花子ちゃんは大丈夫って思ったんだよ。
だから…だから、



「…まさか幼女になっちゃうだなんて誰もおもわないでしょおおおお!」




エム猫ちゃんだって飲んだ時何もなかったって言ってたから安心したのに…
多分花子ちゃんのちょっと変わってる血が何か変な感じに反応しちゃったんだと思うんだけど…。



「うううううどうしよううううルキ君に見つかる前に何とかしないと!」



「…俺に見つかる前に何を何とかするつもりだコウ。」



「ひぃ!」



あわあわとその場で地団駄を踏んでると背後から聞きたくなかった過保護参謀吸血鬼の声が聞こえちゃったから
思わずリトル花子ちゃんを隠すように抱き締めるとぎゅうってされたのが嬉しかったのか「わぁい!だっこだー!」って大きな声ではしゃじゃったからもはや俺の命はここで終わりである。



「コウ…一体何の生き物をかくし…」



「ちちちち違うんだよルキ君!これはあのあのあのあの!」



「るきくー!」




……………。




長すぎる沈黙。
俺はルキ君に花子ちゃんからベリっと剥がされちゃって必然的に彼の視界にリトル花子ちゃんが入ってしまう。



そして何も知らない彼女は無邪気に俺が口にした「ルキ君」って言葉を復唱しちゃう可愛い。
いやいや今はそんな事言ってる場合じゃない。



ルキ君は彼女が花子ちゃんだって知らないんだここはドラマの子役を預かって一時的に面倒見る事になった花子ちゃんは急遽旅行にいちゃった!って言い訳したら大丈夫なはずだ。
そしたら俺の寿命も少しは伸びるに違いない!



「る、ルキ君!この子はえっとね、あの」



「花子がどうして小さくなっているんだ。」



「何で一目でこの子が花子ちゃんて見抜いちゃうんだよ馬鹿ルキ君!!」



俺が今から盛大な芝居をうとうと思った矢先に速攻で彼女の正体を見抜いちゃったルキ君に思わず喚き散らす。
数秒!数秒で見抜いちゃうって何事!?
ちょっといくらなんでもルキ君花子ちゃんの事好きすぎでしょ!?どう言う事なんだよ!!



「!……っ!」



「あ、あれ?花子ちゃん?」



「コウが大きな声を出したら怯えたんだろう。…さて、じっくり理由を聞こうじゃないか。」



俺が喚いた直後、花子ちゃんがビクリと体を揺らして一目散にルキ君の後ろに隠れて
彼の足をぎゅって握って怯えた目でこっちをじっと見ちゃうから戸惑っちゃったけど…
そっか、いきなり叫んだらそりゃ怖いよね。



しかしそんな反省をする前に俺は取りあえずこの威圧感抜群なルキ君からどうやって命だけでも確保するかを考えた方がいいかもしれない。






「…全く。幾ら家畜が無害だからと言って花子が必ずしもそうだとか言いきれないだろと言うか無事じゃなかった…今後気を付けろよ。」



「う、うん…もう二度と花子ちゃんに怪しいものは飲ませません。」



目の前にはソファに座りながら呆れかえって長ーいため息をついちゃうルキ君
そのお膝にはすっごくご機嫌できゃっきゃと大はしゃぎな花子ちゃん。



言ってる事と態度は格好いいけどルキ君の右手はさっきからわしゃわしゃと花子ちゃんの頭を高速で撫でちゃってるしほっぺちょっと赤いしもうなんか格好付ききってない。
…なんだよ、ルキ君だってリトル花子ちゃんめちゃめちゃ気に入ってんじゃんか。



そしてそんな彼を解せぬと言った瞳で見つめる某スーパー人気アイドルK君の頭には10発のたんこぶ出来てるからね。
めっちゃ痛いんだからねこれ。




もう何だよちょっと小さくしちゃっただけでこの仕打ちってなんだよ花子ちゃんに対して過保護すぎだって言うの。
ジュースの効果切れたら絶対に元に戻るじゃんこんなのお約束じゃん。
なのに何で俺こんなたんこぶタワー作る羽目になるんだよ全く…



「それにしても…花子は小さい時はネガティブじゃなかったんだな。」



「みたいだねー。…すっごく嬉しそう。」



ルキ君の高速なでなでを一身に受けて幸せそうに笑う彼女を見て二人でほっこりしちゃう。
そうだよね。誰だって始めっから酷いネガティブな訳ないよね。
花子ちゃんもこの時はただまっすぐに前を向いて生きていたんだね。



「花子ちゃーん。ルキ君だいすき?」



「うん!だいしゅき!!」



「そ……そうか。」



によによと緩み切った顔で彼女に可愛い質問をしてみれば即答されちゃってルキ君の顔はぼふんと赤くなっちゃう。
まぁね。普段の花子ちゃんもちゃんと大好きって伝えてるんだろうけど…こんな眩しい笑顔でぎゅって抱き付きながら即答はしてくんないんだろうね。



「花子、るきぱぱ、だいしゅきだよ!!」



「ん?」



「は?」




……………。




まただ。
また長い沈黙が流れてしまう。
ぱ、ぱぱ?
え、ルキ君が花子ちゃんのぱぱなの?
困惑のままルキ君を見れば、さっきまで嬉しそうだった顔がビシリと真顔になっていた。
そして何か汗が半端ない。




………ううん、お兄ちゃんの思考を読むのは申し訳ないけど何考えてるか死ぬほど気になるなぁ…
よし。




…………。





「まってまってルキ君まって何考えてんのこのまま花子ちゃんを養女にとか馬鹿じゃないのそしてあわよくばこのまま育ててお嫁さんにってもうなんか思考が危なすぎるよ帰ってきて!!」



「こ、コウ!おま…勝手に!!」



「読んでよかったよ!!!こんなの実行に移されちゃたまんないんだからね!!!花子ちゃんこっちおいで!!今のルキ君はやばい!!!」



「やー!花子、るきぱぱと一緒がいい!!」



ひしっ!
俺が両手伸ばして花子ちゃんにこっち来るように言ったけれど彼女は余計ルキ君に抱き付いて離れようとしなくなっちゃった。
ど、どうしてそこまでルキ君に懐いちゃってるの!?
そんなにルキ君が好きなの!?いや大きな花子ちゃんはそりゃもうルキ君の事大好きだけどさ!!




今のルキ君は花子ちゃんの可愛さに撃ち抜かれて頭おかしいんだからコウお兄ちゃんの所にいらっしゃい!!!




「ほら!花子ちゃん!こっち!!」



「やぁぁぁ!ぱぱぁぁぁぁ!!!びえええええええ!!!!」



「コウ!これ以上花子を苦しめるな!!俺は花子と一緒にどこまでも堕ちたい!!」



「堕ちるなら元に戻った花子ちゃんと好きなだけ堕ちたらいいでしょ今は犯罪だっつってんの!!!!」



強硬手段で花子ちゃんをぐいいっと引っ張ると遂に泣き出しちゃったけど
俺は今彼女の涙に変えても彼女の貞操の危機を守る義務があるんだ!!!
例え自分自身が悪者になったとしても!!!



あれ、俺も花子ちゃんに対して過保護になってるんじゃない!?




「びゃぁぁぁ!ぱぱぁぁぁ!!!」



「…っ!花子!今すぐ父さんが助けに行くからな!!!」



「何なの!何なのこの茶番!!!早くジュースの効果切れろよ馬鹿!!」




屋敷内を花子ちゃん担ぎ上げて全力ダッシュする。
こんなの芸能界の大運動会以来の本気だからね。絶対捕まる訳にはいかない。
後ろから必死に追っかけてくる花子ちゃんの父親もどきに捕まる訳にはいかないんだ!!!




「コウきゅ…花子を…花子をぱぱのところにかえしてぇぇぇ」



「うっわ!俺の!俺の罪悪感にダイレクトアタックしちゃうのやめてくんない!?」



ぐしゅぐしゅと泣きべそかきながら懇願してきちゃう花子ちゃんに
罪悪感がナイフとなって俺の胸を滅多刺しにしちゃう。
耐えろ…耐えるんだ無神コウ!ここで花子ちゃんをルキ君の所へ連れてってあげてしまうと花子ちゃんの将来が危ないんだからね!!!




「頑張れ俺!花子ちゃんの涙とルキ君の悲痛な叫びにほだされるんじゃないいいいい!!!!」




…それから一時間後。
花子ちゃんは無事に元に戻ったんだけれど、記憶は全部残ってたらしく
ルキ君にデレデレだった自分が恥ずかしかったのと俺に迷惑かけまくった罪悪感と
何よりも最愛であるルキ君を「ぱぱ」呼ばわりしてしまったのがショックだっららしく…




3日間、俺とルキ君に近づいてきてくれなかった。




「………コウの所為だぞ。」



「…何言ってんの、危ない思考回路だったルキ君の所為でしょ。」




机に突っ伏して項垂れる俺達をしり目に
無関係だったユーマ君とアズサ君が花子ちゃんときゃっきゃと遊んでるのを見て
すごく理不尽に腹が立ってしまったのはまた別の話。




ヴァンパイアジュース。
もう二度と絶対花子ちゃんには飲ませないんだからね!



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