1:甘い檻の中
私は少しおかしいのかもしれない。
いつも笑顔でいることを心掛けないと途端に壊れたオモチャのように無表情になってしまう。それでは世間に溶け込むことは出来ない。
何事にも興味を抱くことが出来ず、 自分自身が憎いのだ。
自身を愛することが出来ない者が
他人を好きになる事なんて出来ない。
これからもきっとそうして誰に興味を持つことなく、そして自分を憎みながら生きていくのだろう。そう思っていた矢先私の世界はガラリと色を変えることになる。
「ずっと前から好きでした。」
「え」
クラスメイトの男の子に屋上に呼び出されたかと思うと突然の告白。
私は一瞬頭が真っ白になったけれどすぐに醒めきった思考回路が回り始める。
私のどこを見て目の前の男はこんな事を言っているのだろう。
外面の笑顔だけを見て言っているのだろうが
だとしたらとんでもないお笑い草だ。
「あの…」
彼の告白を断ろうと言葉を紡ごうとした瞬間目の前の風景が一変した。
嗚呼、押し倒されたのだなと、何処か他人事のような考えがよぎる。なんだ、単なる身体目当てですか。普通の女の子ならばきっとこの状況に恐怖して泣き叫ぶのだろうが先程述べたように私はどこかおかしい。
どうでもいいのだ。もう好きにしてくれればいいさ。
ここで無理矢理やられて傷付きましたといった名目で自殺でもしやすくなるだろう。
そう自己完結して、諦めたように瞳を瞑りこれから起こる気持ちの悪い快感を待っていたのだがそれは大きなドアを開ける音と男の断末魔によってかき消された。
「…?」
不思議に思い目を開けてみると、私を押し倒していた男子はフェンスのすぐそばで蹲って苦しそうな声を上げていた。
そして彼をぶっとばしたであろう人物は物凄く怖い顔で肩で息をしてうっすらと額に汗を浮かばせている。どうやら相当急いでここまで来たようだが、どのような理由でここまでやってきて私に跨っていた男をぶっとばしたのかが解せない。
「…無神さん?どうしたんですか?」
「…っ!お前は…!」
私の言葉に怖い顔は更に怒りの色を帯び、こちらを睨んでくる。
―無神ルキさん。
確かイケメン4人兄弟の長男さんだったはず。
私のような平凡以下の容姿の者が気安く近付くようなことが出来ない部類の人。そんな彼が何故今ここでこうしているのかが私には到底理解できない。
ぼやっと考えていると、強い力で引っ張り上げられあっさりと無神さんの腕の中に納まってしまった。何と言う事だ。私は今、この長身イケメンに抱き締められている。
「あの、」
「お前は何故自身を大切にしようとしない…!」
それはまるで悲鳴にも似た叫び。
その答えは私が聞きたいくらいだ。私は自分を愛せないから、だから自身がどうなろうと知ったことではないのだ。
「……もういい。」
彼の答えに答えられずにいると
抱き締められていた腕の力がふと緩んで、瞬間唇に冷たく柔らかいモノが触れた。
…これは所謂キスというやつではないだろうか。
ゆっくりと唇が離れて、ふと目が合うと彼の瞳はとても優しい色をしていた。
「お前が自分を大切にしない分、俺が愛せばいい話だ。」
「どうして、私なんか…」
「花子」
どこまでも優しく、甘い声色で私の名前を紡ぐ。そしてまるで壊れ物を扱うかのようにそっと私の頬を包んで私の視界を彼一色にして満足そうに微笑んだ。それはまるでこの世のモノとは思えないほどキレイで息を呑んだ。
「自身をここまで蔑にするのなら、俺が守ってやる。だから―」
俺の目の届く範囲にいてくれ
甘く、柔らかな檻に囚われた瞬間だった。
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