2:我儘な口づけ
あれ以来、私は無神さんと一緒に行動することが多くなった。
学年は彼が一つ上なので、流石に授業中は一緒に居れないがそれ以外はもう殆どというほど一緒なのだ。
彼が何故ここまでするのか、意図が掴めずにいたがどうせイケメンが私のような不細工で遊んで暇つぶしでもしているんだろうと結論付けた。
「…まぁ、どうでもいいけど。」
「なぁにがどうでもいいだよ。」
「ああ、逆巻さん。」
もう誰もいないはずだった教室で独り言を呟くと意外にもそんな返事が返ってきて少し驚いてしまった。赤い髪の毛が印象的な彼は無神さんとはまた違ったジャンルのイケメンさんである。彼はニヤニヤしながらコチラを品定めするように眺めると訳の分からない事を口走った。
「今日はあのインテリ野郎と一緒じゃねぇのか。丁度いい、お前の血飲ませろよ。」
「…は?」
「いいから、寄越せ!…んっ」
彼はそう言うと同時に私に首筋に舌を這わせ、
一気に噛み付いた。
「ん…っんん…っなんだコレ…身体が熱い…!」
「…そうですか。」
「…んだよオマエ。もっとリアクションねぇのかよ。」
ジュルジュルと勢いよく私の血を飲んでるであろう逆巻さんが不意に埋めていた顔を上げ、不満げにそう言った。口元は真っ赤。口から鋭い牙がチラリと見える。
「リアクション…。」
「そうだぜ!大体人間っつーのは俺達ヴァンパイアを恐れるもんだろ?」
「逆巻さんはヴァンパイアなんですか?」
「おう。因みにあのインテリ野郎もな。」
「…へぇ、」
嗚呼、それでか。
それで納得がいった。無神さんのあの言葉。
【お前が自分を大切にしない分、俺が愛せばいい話だ。】
あの甘い台詞は私を餌として見ていただけの話。彼としては餌が減るのはあまり好ましくなかったのだろう。そう思うと同時に自分の思考回路が急激に冷めていくのが分かった。
「…はぁ。」
小さくため息を着いて、筆箱にしまっていたカッターを取りだす。そしてニッコリ、とびきりの笑顔で逆巻さんを見つめた。
「逆巻さん。」
「な、なんだよ。」
私の異様な雰囲気を感じ取ったのか、彼は一歩後ろへ後退した。そんな中カチカチとカッターの刃を出していく。そしてそれをピタリと先程まで彼が噛み付いていた首筋へと這わす。
もうホント、どうでもいいや。私なんか消えてしまえばいいんだ。
「私の血でしたらご自由に。セルフサービスとなっております。」
瞬間、一気に首筋に這わせたカッターを勢いよく引いてやった。その光景を見た逆巻さんが信じられないものを見るように私を見て鮮血に染まった私の身体はグラリ、ゆっくりと地面へ接近。不意に、背後から聞きなれた声が大きく、悲痛な色に染まったのが聴こえたが残念ながら意識はそこで途絶えた。
―真っ暗な世界。
嗚呼、私は死んだんだろうか。
今はそれを確かめる術がない。
只、この持て余した時間に考えることはただ一つ。
私は何故あの場面であんなことをしでかしてしまったのか。逆巻さん同様、無神さんが私の事を単なる餌だと思っているであろう事にショックを受けたような行動だ。
馬鹿だな。少しでも彼に愛されているのかもしれないと期待でもしていたというのだろうか。
誰かに愛されたい。
そんな願い、私ごときが。思い上がりにも程がある。
自嘲気味に笑えばひたり、頬に冷たい感覚。
それが意識をゆっくり覚醒の方向へ促させる。
重い瞼を開ければそこは見慣れない天井。
嗚呼、どうやら私は死にきれなかったようだ。
なんて、ぼんやり考えてさっきの頬に感じた冷たいものはと、自身の頬に触れると
透明な液体。…涙か。
だが自分のモノではないらしい。ふと隣を見てみるとそこには意識が途切れる前に聞こえた声の持ち主。
「花子…っ」
「どうして泣いてるんですか。」
…イケメンというのは泣いていても絵になるなぁ。
なんて、今辛そうに顔を歪める彼に言っていい言葉ではないのだろう。
「只の餌に入れ込み過ぎです。」
「…!お前を…っ!餌として見たことはない…!」
「じゃぁどうして餌の価値もないこんな生き物に構うんです?」
私の問いに、違う、そうじゃないと震える声で言葉を紡ぐ彼。こんな何の価値もない生き物に構うなんてどうかしている。
そっと、優しくその腕に私を抱いて花子、花子と何度も名前を呼ぶ。
まるで必死に繋ぎとめようとしているようだ。
「無神さん、あの…」
抱き締められたまま、もぞもぞと体を動かし片手だけ自由を取り戻し未だに涙を流し続ける彼の頬にそっと触れる。
「…目の前でお前が真っ赤な血を噴いて倒れた。」
「はい。」
「息が、止まるかと…っ!」
「はい。」
「俺が、どれだけ…!」
「はい。」
「どれだけ心配したと…思ってる!」
何だコレは。何だコレは。
どうして捕食者である彼がこんな悲痛な顔になっているんだ。私は単なる餌だろう?だったらこんなめんどくさい奴放っておいて他の餌を食らえばいい話じゃないか。
なのに何故、心配…なんて。それじゃまるで私が愛されているみたいじゃないか。
混乱する私をよそに
“守ってやると約束したのに”“傍に居れなかった”“すまない”
そんな言葉が私に降り注ぐ。
やめて、やめて、やめて。
勘違いしてしまう。愛されているのだと。
「無神さ…ルキ、さん…は、」
「花子…」
触れるだけの口付け。
嗚呼、彼の唇が冷たいのは人ではなかったからかと、今更実感する。名残惜しそうに離されそっと唇を指でなぞられ、少しくすぐったくて身をよじる。
「愛してる…例え、お前が自分自身を、俺を愛していなくとも。」
切ない顔で、声で、そんな言葉。
ひどい、そんな事言われてしまえばもう自分勝手に死ぬことも消えることも出来ないじゃないか。
嗚呼、やめてくれ。
私なんかを愛しているだなんて、そんな夢物語。なのに心の奥底は嬉しくて嬉しくて涙を流している自分がいる。
「私、は…っ」
“愛することが出来ない”
まるで聞きたくないと駄々をこねた子供のように再び優しいキスで塞がれ
その台詞は夜の闇へと溶けて行った。
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