5:エキストラとの恋物語
始めは全く興味がなかったのだ。
只の学校の生徒の一人。
それ以上でも以下でもない。他の輩と同じように笑い、同じように悲しむ。
俺にとって花子は只の背景を彩るエキストラに過ぎなかった。
何気なく、本当に何気なく図書室に向かう道を歩いていたらすれ違った彼女の普段との差に思わず目を見開いたのだ。
そこにはヘラヘラとクラスメイト達と笑う彼女はいなくて全てがどうでもいいといった表情。まるで抜け殻だった。
瞬間、ああコイツは重症なのだと理解した。
逆巻の長男と似たような雰囲気、全てを諦めているような、どうでもいいような…
その日から俺は花子を気にするようになった。
気が付いたらよく目で追いかけるようになった。そして気付く。コイツは壊れているのだと。周りに人がいればその中に漬け込む癖に一人になった瞬間その表情は消え、笑うときもまるで自嘲しているような笑いしかない。
「消えればいいのになぁ。」
ある日、誰もいない教室でうわ言のように呟かれたその言葉に俺の足は止まって、彼女に、花子に気付かれないようにそっとドアの隙間から彼女を観察した。相変わらず無表情なそれは俺の存在に気付かないまま言葉を続ける。
「まぁ、消える勇気もない、けど。」
そんな言葉とは裏腹に今すぐにでも消えてしまいそうなその姿に俺はどこか焦りなようなものを感じて思わず手を伸ばそうとした瞬間チャイムが鳴り響いた。
今俺は何をしようとしていたのだろうか。
手を引き戻し、慌ててその場を後にしながら整理しきれていない思考を巡らせる。
この俺が、人間ごときに?消えてほしくない、消えないでくれと思ったとでもいうのか。
それでは俺がまるで、
「―キさん、ルキさん。」
「ん…花子?」
ふと意識を戻せばそこは三年の教室だった。
ああ、眠っていたのかと、未だ覚醒しきれない頭で考えながら目の前にいる花子を見れば困ったように微笑み「お疲れのようですね」と一言声をかけてくる。 先程の過去の夢を思い返し、彼女の腕を少しだけ力を入れ引き、
自分の腕の中に収める。
―嗚呼、大丈夫。花子は確かにここにいる。
「花子…。」
存在を確かめるように彼女の名を呼び抱きしめる腕に力を込める。
「何か、夢でも見ていたんですか?」
「ん…そうだな。」
“お前への恋心に気付いた瞬間の夢を。”
俺がそう言うと花子はまた苦笑して
「それは悪夢でしたね」…と。
こんな醜くて気持ち悪い私に恋だなんて。
以前に比べて花子は笑うようになったと思う。
前の、作られた笑顔ではなくて、自然な笑顔。
けれど未だに彼女は自身を愛することは出来ていないのだ。
勿論、悲しいことに俺を愛することも今はない。
只、一方的な俺の愛で彼女を縛り付けている。
ある意味、少し彼女が可哀想に思えてくる。
相思相愛でもない男にここまで愛されていてそれは単なる重荷にでしかないだろう。
けれど、それでも俺は彼女を放そうとはしないのだ。いっそこの重荷で花子が潰れてしまえばいいのにとまで思っている。
「すまない、花子。」
「ルキさん?」
きっと俺は彼女が本当に消えてしまいたいと思っていてもそれを叶えることはしないだろう。
泣いて、喚いても自身の傍に置いておくのだろう。
こんな我儘で、自己中心的な俺をどうか許してほしい。
「愛なんて、知りたくなかったな…」
こんなに苦しくも愛おしい感情なんて、必要なかったのに。きっとお前は今でも俺が目を離すとすぐに消えようとするのだろう。
だから、甘い声と言葉とキスでお前を縛り付ける。
嗚呼、どうやらこの先もお前から目を離すことは出来そうにない。
「どうか俺から離れないでいてくれ。」
優しく、そう囁くと
彼女は月明かりの下、とても綺麗に、曖昧に微笑むだけだった。
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