6:ルキのお気に入りと俺


「ユーマさんの髪はキレイですね。」

「あぁ?そうかぁ?」

ちっこいルキのお気に入りは一生懸命俺を見上げてそう呟いた。
コイツの名前は確か、花子だったか。


ルキのお気に入りで、最近ではコウもやけになついてる。
時々コウに引きずられて、三年の教室に入ってくることもしばしばだ。
今日もそんな何気ない一日だった。
ふと花子が俺を見上げてそんなことを言ったから
ちょっと考えて、アイツに視線を合わせるように屈んでやるとニッといつものように笑ってやった。



「なら、触ってみるか?」



「え」



目を大きく見開いて驚いたような顔をしたかと思えば今度はおたおたと挙動不審になり始めた。何だコイツおもしれぇ。



「え、あの、私が、ユーマさんの、髪、え?」



「何だよ。嫌ならいいんだぜ?」



「嫌じゃない!です!」



慌ててそう訂正するもんだから
思わず声をあげて笑っちまった。



「じゃ、じゃぁ…あの、失礼します。」



「おー。どーぞ。」



ドカッと椅子に座ってされるがままの態勢を取れば恐る恐る後ろからそっと触れる指の感触。
何だよ震えてるじゃねぇか。緊張でもしてるのか?けど、そっと優しく触れるその指はどこか心地いい。



「わ、すごいサラサラ、ですね…いいなぁ」



「んー。」



「それに、とってもいい匂いもしますね。羨ましい…」


ふふ…とどこか弾んだその声を聴くのは悪くはない。だが、そこで俺の悪戯心がむくむくと湧いて来たのだった。



「そーいえばさぁ。」



「はい?」



「異性の髪に触るっつーのは性的な意味があるって知ってたか?」



「え、」



「やーらしいなぁ、花子ちゃんは。」



ニヤリと笑って止まった俺の髪を弄ぶ手を引っ張ってちゅっとわざと音を立ててその手にキスをしてやる。


きっと今頃その小奇麗な顔は恥ずかしさで真っ赤なんだろうな。どれ、一つ見てやるかと後ろを振り向けばそこにあったのは予想していた赤面ではなくて、この世の終わりのような真っ青な顔をした彼女の姿。…ん?アレ?どういった展開だこれは。



「おい、花子?…花子ちゃーん?」



固まって動かない花子が流石に心配になって、彼女の目の前で手のひらを振ってみる。おーい、生きてるかー?



「…んてこと、」



「あ?」



小さく震える声で何かを呟く彼女に俺は耳を傾けた。



「こ、こんな長身イケメン迫力美人さんに私はなんてことを…これはもはやセクハラじゃないでしょうか。私がユーマさんにセクハラ…ど、どうしよう…なんとお詫びをすれば…あああ、全国のユーマさんファンに殺される…」



「お、おい…花子…?」


じわ…


「!?」


突然彼女の目に浮かんだ涙に流石に動揺を隠しきれなくて俺は慌てて態勢を変えて花子を抱き締めて落ち着くように背中を撫でた。



「ご、ごめんなさいユーマさん…あの、私…死刑ですかね?確実死刑ですよね!」



「や、その…アレだ!ちょーっとからかい過ぎたか?悪かった!だから泣き止め!!」



軽く俺の方がパニックになりながら必死に背中や頭を撫でて落ち着かせようとする。
どうもコイツの涙は苦手だ。
他の雌豚共は寧ろ泣かせてぇとか思うのに、おかしな話だ。



「花子、俺が悪かった…な?ごめんって。」



「ん…ユーマさ、」



出来るだけ優しくそう囁いて未だにこぼれる涙を舌で掬ってやればきょとんとした顔をこちらに向けてくる。ああくそ、可愛い奴め。
ルキが気に入るのも無理はねぇ。



「ユーマさん、優しいです、ね。」




少し照れたように、はにかむコイツの笑顔を見てガラガラとあんま役に立った試しのない俺の理性は脆く崩れ去った。


ああもうこの後ルキにキレられようがどうとでもなればいい。俺はそんな事を頭の隅で考えながらゆっくりと指でその小さな唇をなぞった。



「ぅむ…ゆーま、さ…」


「花子…気持ちよくしてやっから…な?」


「きもちよく…ってなに、を…?」


彼女の頭の上のハテナマークを無視して自分の唇を花子のそれに近付けてあと数センチで触れ合うと思った瞬間に



「そうだな、俺にも詳しく教えてもらおうか。ユーマ。」



ピタリ。
とんでもなく穏やかで殺気を隠そうとはしないその声色に近付く顔を止めてギギギとその声のする方向に向ける。



「何やら楽しそうな事をしているではないか。」


「ルキさん。」


「コ、コンニチハ…ルキサン。」



笑顔だ。すっげぇイイ笑顔だ。
だけど俺は確信した。怒られる…それはもう壮絶に。思わず声が裏返り、カタコトになってしまった俺を見て更に恐ろしいその笑みを深めてルキはこういった。



「こんにちは、だなんておかしな事を言うなユーマは。今はまだ夜中だぞ?嗚呼、もしかして教育が足りないのか?仕方ない俺が特別に調教してやろう……じっくりとな。」



ルキさん、ルキお兄様、“教育”と“調教”は違います、と心の中で全力でツッコミを入れるものの今のコイツにはそんなものきかない。
いつの間にか掴まれた肩はギリギリと音を立てとんでもなく痛てぇ。こんな阿呆程力込めまくってるのにその無駄に良い笑顔だけは崩さず、ずるずると俺を引っ張っていく。



「お、おい!ルキ!!離せって!!悪かったってマジで!!ホントごめんなさい!!」



「何を謝っているんだ?俺にはさっぱりわからないが。…ああ、そうだ花子。」


じたばた暴れる俺を引きずりながら何かを思い出したかのように花子ににっこりとほほ笑みかけて告げられたのは俺への死刑宣告。



「少しユーマと話がある。一時間…いや、二時間ほど待っていてくれ。」



サッと血の気が引いた音がした。
そして俺の断末魔は闇へと空しく響き渡るのだった。



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