7:ビフォアーあふたー
「…誰か嘘だと言ってくれ。」
「あ、もう花子ちゃんおそーい!」
私に気付いたサングラスをかけた某有名アイドルK氏はその可愛らしい唇を尖らせてぶーぶーと文句を並べる。
弁解の為に付け足すが現在、待ち合わせ時間の30分前である。
事の始まりは数日前、コウさんの盛大な叫びから始まった。
「もー!花子ちゃんってば地味すぎ!素材良いくせにそんなんじゃ宝の持ち腐れだよー!?」
「えぇと、眼科、眼科…」
「ちょっと花子ちゃんそれって遠まわしに俺の美的センスを貶していると言う事に気付こうか。」
いやいや、私の顔を見て素材がいいとか言ってしまう時点で貴方の美的センスは壊滅的ですよ。そんな事を考えながら小さくため息をついたら彼は何故か意地になってしまい高らかにとんでもないことを宣言した。
「こうなったらこのスーパーアイドルコウ君が地味な花子ちゃんを華麗にプロデュースしてあげる!俺のおかげでルキ君は更に花子ちゃんに萌え殺される事間違いなし!よっしやるぞー!」
「…次の休みの予定は着せ替え人形で決まりのようです。」
「………すまない。」
とっても張り切っているコウさんを見つめながらボソリと呟けば傍に居たルキさんは盛大な溜息。
ああなってしまっては流石の俺でも止められないからな。…と、呆れた声で愚痴をもらしていた。
そして今に至る…のだが、
正直このキラキラ輝いている彼の隣を歩くのは結構な勇気がいると思う。
「え…と、コウさん。変装という単語をご存じですか。」
「何々、この溢れ出るアイドルオーラがまぶしいって?」
「はい、もう眩しくて目が開けられません。隣にいることが出来ません。格好良すぎです。助けてください。」
「その真顔でストレートな賛辞は流石の俺でも照れるのでやめてください。」
私の敬語につられたのか彼も敬語で首をふるふる横に振る仕草は少し赤くなった頬と相まってとても…
「あ、スイマセン可愛らしいの間違いでした。コウさん可愛い。」
「もういいよ!ホラっ行くよ!!」
「わっ」
いきなり腕を掴まれずんずんと引っ張られるままになって私はそのまま彼の後を少し小走りになってついていった。
「ふーん、花子ちゃんってスタイルは悪くないんだ。」
「そうでしょうか。」
「俺が言ってるんだからそうでしょうよ!」
ダンっ!
地面を強く蹴ったコウさんが少し怒りながらこちらを見つめる。正直イケメンに見つめられて冷静でいられるほどできた心臓を私は持ち合わせていない。
始めに連れてこられたのは服屋だった。
そこで一折服を着せられたのだが、どうやら彼は気を良くしたのはご機嫌なままあれやこれやポイポイと私に試着させながら
これがいい、これはちょっと違うなどブツブツ言いつつレジ前に大量の服を積んでいく。
「あ、あの…まさかとは思いますが、コレ全部?」
「んー?全部お買い上げに決まってんじゃん。」
「勘弁してください。」
何を考えているんでしょうか彼は。
そんな大量に買えるほどの富豪ではないのだよ私は。私がせめて一枚だけにしてくださいと言おうとした口を手で塞ぎ「ハイ、これでお願いねー。」と眩しい笑顔で、同じく眩しいカードを一枚店員さんに差し出した。
…なんか、もうホント勘弁してください。
「うぅ…」
コウさんが勝手にお買い上げした洋服のうちの一枚を着せられそのまま次々とお店を回った。
美容院、靴屋、バッグ屋さん、アクセサリー店
その度に私はコウさんプロデュースにより変身していった。
「っはー!満足!やり切った!」
「お疲れ様です。」
近くにあったカフェで一休みすると
コウさんは満足げに私を見てニコニコしていた。
「さっすが俺。いいセンスしてるー!超かわいいよ花子ちゃん♪」
その綺麗な顔を向けて私の頬を一撫でしてご満悦。注文していたショートケーキを頬張り
もっもっと食べるその仕草はまるでハムスターのように愛らしい。
あ、ほっぺにクリームついてる…。
「やっぱさぁ、元がいいっていうの?それに俺のハイセンスチョイスも相まってこーんなに可愛い子が出来上がっちゃなんてさぁ。」
「褒めても何にも出ません。それに…」
すっと、彼の頬についてるクリームを指で掬って何も考えずそれをそのまま口に含んだ。
「コウさんの方がよっぽどかわいいですし…ね?」
「…花子ちゃんのそう言うイケメンな所ってやっぱルキ君に似たの?」
フツーこういうのは逆でしょー?と顔を赤くして項垂れたコウさんを私は只々首を傾げて見つめるしかなかった。
「じゃーん!見て見てルキ君!新生花子ちゃんのお披露目だよー!」
ぱんぱかぱーん!と間抜けな音楽が流れそうな勢いで私をルキさんの目の前に差し出すコウさんの顔はとっても得意気。
私はというとどうすればいいか分からず視線を泳がせていたのだがふとルキさんの顔を見た。…ん?なんか変だ。
「あの…?ルキ、さん?」
「あ、いや…その」
彼は片手で口元を押さえ、チラチラとこちらを見てはまた逸らすといった事を繰り返している。
あ、もしかして。
「変、ですか。ごめんなさい、コウさんのセンスは確かなのですがやっぱり私だと駄目ですね。スイマセン、とんだお目汚しを…」
「あ、違う…そうじゃない、その、逆という、か…」
「え…?」
ゴホン。
ルキさんは一つ咳払いをして「コウ」と、彼の名前を呼ぶとひょっこりと私の後ろから顔を出すコウさんはニヤニヤと笑っていた。
「あー…その、今日はお前の好きなボンゴレビアンコにしようと思う。」
「やったー!ルキ君に満点頂きましたー!」
ルキさんの突然の提案に、喜んだコウさんがぴょんぴょんと私の周りを跳ねる。
何が満点なのか私にはさっぱりだったが、まぁコウさんもルキさんも嬉しそうだからいいか。
「じゃぁじゃぁ、俺は先に食卓で待ってるから、早く作ってねルキ君!」
そう言うや否や、タタタっと家の中にかけていったコウさんは何かを思い出したかのようにこちらへ戻ってきて
「また遊んでね、花子ちゃん♪」
と、耳元で囁いてちゅっと可愛らしい音を立ててそのまま耳にキスを落とした。
「コウ!」
「わわっ!ルキ君が怒ったー!」
いたずらっ子のように笑って駆け足でまた家の中に戻って行ったコウさんを見送ると
「全く…油断も隙も無いな。」とため息交じりにルキさんは呟いた。
「…花子。」
「はい?」
不意に声をかけられたので見上げるとすぐ近くに整ったルキさんの顔。
このままキスでもされるんじゃないかと思ったが彼は只綺麗に微笑んでこう告げた。
「夕飯が終わったら、じっくりとその愛らしい姿でコウとどのようなデートをしたのか教えてもらおうじゃないか。」
嗚呼、綺麗な笑顔が真黒ですルキさん。
少し顔をひきつらせて微笑み返すが、私は聞き逃さなかった。
彼の口から“愛らしい姿”と発せられたことを。そしてこんな嫉妬深い彼を少し愛おしく思ったのはナイショの話。
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