8:優しいサディスト


「あのね、花子…これで俺を傷付けて?」

そっと差し出された手には
鋭く尖ったナイフが一つ。


アズサさんの身体は傷だらけだ。
彼曰く、自分が必要とされた証らしい。
そう言う気持ちは私には分からないが、誰かに必要とされたい、愛されたいという気持ちが歪んでしまったのだろう。私が諦めてしまったココロだ。それをこういった形で必死に繋ぎ留めよとする彼はとても悲しい。


そっと、彼の掌からナイフを受け取るとアズサさんは私が自分を傷つけてくれると思ったらしく瞳を輝かせる。けれど私はそんなに優しい人間ではない。


コトリ


「…?花子…?」


彼の瞳は先程とは違い不安で揺らぐ。
私は彼からナイフを取り、そのまま机へ置き何も言わないままゆっくりアズサさんへ歩み寄る。


「あ…あの、ごめ…ごめんなさい…何に怒ってるかわからないけれど…怒ってるなら俺を殴っていいから…だから…」



別に怒ってるわけではない。
けれど、感情の読めない今の私の顔を見て彼は只おどおどするばかりである。そんな彼に私は勢いよく抱き付いた。


「え…?花子…?」



今、私に何をされているか状況がうまく呑み込めていない彼はただ私に抱き付かれたまま呆然としている。その間でも私はぎゅうぎゅうと抱き付く腕に力を込める。


「あ、の…」


「アズサさん」


「な、何…?」



戸惑う彼の名前を大きくはっきり呼んでみると
びくついた彼の身体。嗚呼、細い身体だなぁ…このままポッキリ折れてしまうんじゃないだろうか…。なんて事を考えながら私は言葉を続ける。

「私はとんでもなく意地悪なんです。」



「え、」



「だからアズサさんの望まない事をするんです。」


そう言って、抱き付いた腕を離して、少し背伸びをして彼の頭を優しく撫でる。
戸惑いの色の瞳はこの際無視だ。そのまま手を背中に回して尚も優しく優しく撫でる。



「花子…やめて…ねぇ…やめて」



「やめません。」



震えるアズサさんの声。身体。全部全部包み込むようにして、今度は抱き締めた。
いいこ、いいこ



「やだ…こんなの、やだ…」



きっと彼はこういうふうに優しくされたことがないのだろうなぁ。だから今どうすればいいのか分からなくて混乱しているのだろう。


いやだ、やめてと懇願するアズサさんの叫びを聞こえないふりをして尚も彼を甘やかす。アズサさん、いいこ…大丈夫ですよ、と。


「花子…花子…変、だよ…」


ぐずぐずと遂に泣き出してしまった彼が私に見られないように自身を顔を覆うから
そっと、その手を取って、なおもこぼれる涙を指で掬う。



「ぅ…花子」



「ルキさんも、コウさんも、ユーマさんもみんなみんなアズサさんの事が大好きなんですよ。
貴方がそこに居てくれるだけで、みんな幸せなんですよ?それ以上望むものなんてあるんですか?」



「ぅ〜…!」


いよいよ本格的に泣き出してしまったアズサさんは先程の私のように今度は彼が私をぎゅうぎゅう抱き締めて来た。
ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる彼の背中をぽんぽんと一定のリズムで優しくたたいてやる。



きっとこんな行動や言葉だけじゃ彼の歪み切った心を救い上げることは出来ないだろう。



けれど、ほんの少しでも彼が人の優しだとか、暖かさを知ることが出来ればいいのにと
そんな事を歪み方は違えど同類のようなものの私が考えるのはおかしな事だろうか。


「胸が苦しい…苦しいのに、あったかい…」



「ふふ、意地悪した甲斐がありました。」



「ホント…花子は意地悪だね…。」



お互い見つめ合ってへにゃりと二人で力なく笑いあった。願わくば彼の暖かな苦しみが長く続きますようにと
忘れてしまったならまたこうして意地悪をしようと、心の中で誓って



「ありがとう…大好きだよ、花子」


彼のそんな小さな告白に私はまた微笑んだのだ。


(「あのね…花子、が…お姉さんだったらいいのに…」)


(「お姉さん?」)


(「うん、だから…ルキと結婚して、俺のお姉さんになってよ…ね?」)



(「…………ん?」)



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