41:自己満足
自分の為に、
自分のしたい事をする…
そう決心してから私は早速やりたいことを見つけ出していた。
「どうしたんだ?花子…先程からこち
らをずっと見つめているようだが」
「い、いえ…」
いつも通り分厚い本を読んでいたルキさんがそれを閉じてこちらに視線を向けてくれたけれど
今度は先程から彼を見つめていた私が目を逸らす番だ。
そう、実は彼の傍に居るようになってからずっと気になってはいたのだ…
けれど、こういうのって勝手に私がしてしまえば有難迷惑なのではないかと思って何もしてこなかった。
でもやっぱり初めて自分の思う通りに行動するのならばこれがいい。
「ル、ルキさん!!」
「ど、どうした!?」
意を決して大きな声で彼の名を呼べば驚いて体を揺らしてしまった。
けれど、今回は彼のそんなリアクションも無視だ。
そのまま彼の手を引っ張ってとある場所へと強制連行させていただく。
「…こんな所に用があるのか?」
「はい。私、ずっと此処に来たくて…」
私に無理やり引っ張ってこられた形になったルキさんは首を傾げる。
ショウウィンドウに所狭しと並べられている眼鏡達はじっとこちらを見つめている。
私はようやく彼をメガネ屋に連れてくることが出来たのだ。
未だにハテナマークを浮かべているルキさんの背中をぐいぐい押して彼の視力を即席で計って頂いている間に私は小さく息をついて大量のメガネフレームたちを睨みつける。
「…………よし、」
これから数十分に渡る、私の初めての我儘の始まりだ。
「はぁ…全く、突然メガネ屋に連れて来られるとはな…というかどうして俺が検査を受けねばならない。」
「す、すいません…突然。」
「いや、怒ってはいない。只、驚いただけだ。」
彼のため息交じりの台詞に思わず謝罪すれば、今度は困った顔で私の頭を撫でてくれる。
やっぱりルキさんは本当に優しいと思う。
そんな優しい彼にやっぱり私はこれを捧げたい。
「ルキさん…、これ…」
絶対的な自信というものはまだ確立されていないから、どうしても渡し方がおずおずとしてしまい手も少し震えてしまう。
けれどルキさんはそんな私の手を固定して震えを抑えてくれたまま差し出したソレを受け取ってくれた。
「…………これは、」
再び彼の頭にハテナマークが浮かぶ。
今手に持っているのは私が彼の検査待ちをしている間に必死に選ばせていただいたメガネフレームだ。
少しばかりオシャレな形だけれどフレーム自体はシンプルでいつも私を安心させてくれる優しい彼のイメージである黒縁を選んだ。
「ルキさん…いつも本を読まれていて、時々目が辛そうだったので。それで、近くを見る為の眼鏡をお持ちな方が楽じゃないかって、ずっと思ってて…」
「花子…」
彼は気が付けば本を読んでいる事が多い。
別にそれ自体が不満という訳ではなく、時折その綺麗な顔を顰めるのが心配だったんだ。
多分、ずっと細かい文字を読んでいるから目が疲れてしまっているんだと思って…
ずっとずっとそれは気になっていて、どうせなら彼の視力に合わせたメガネをプレゼントしたかったけれど
私なんかからの贈り物なんて果たして受け取ってもらえるのかとか…
以前の様にバレンタインでも誕生日でもない、何もない日のプレゼントなんて重く受け取られてしまうかもしれないとか
色々、本当に色々考えていたけれど…
私は私の為に、私の思う通りに生きるって誓ったから。
その誓いを初めて実行に移すのなら、これがいいと
それは心の中でずっと決めていた事だった。
「形も色も…私の好みなのですが…もしよかったら、」
ずっと彼の顔を思い浮かべながらどれが似合うかとか、どの色の方が素敵だとか
本当に必死になって考えて選んだのがこれだった。
確かに彼の好みもあるかもしれない…けれど敢えてそれを聞かずに自身で選んだのは
彼に自分の選んだものを身に着けてもらいたいと言う少しばかりの独占欲だったのかもしれない。
小さな震えた溜息が聴こえる。
あ、もしかしてやっぱり気に入らなかったのかもしれない。
でも以前だったらどうしようかと不安で泣きそうになっていたけれど今回はそれはそれでいいかな、と思う。
彼には気に入ってもらえなかったけれど私は初めて自分の思うがままに行動できたのだ。
…後悔はしていない。
「ルキさん、やっぱり気に入りませんでしたか…ごめんなさ、……る、ルキさん?」
「花子は俺をお前に溺れさせて溺死させる気なのか…?」
彼の顔を見れば真っ赤にはなっていなかったけれど、その代り若干目がうるんでしまっていた。
ど、どうしたんですかルキさん…あの、泣きそうなんですか?
じっと彼の顔を覗き込んでいればいつも以上に乱暴にわしゃわしゃと頭を撫でられてそのまま唇にキスをされてしまった。
瞬間、彼の瞳に溜まっていた涙が一滴綺麗な肌に零れ落ちる。
「ありがとう、花子。…これは大切に使わせてもらう。」
「よ、よかった…です」
どうやら初めての我儘は成功したようで。
私は安堵の溜息と共に力なく笑えば、彼も一緒に柔らかく微笑んでくれた。
そして彼の手に持っているメガネケースをチラリと見て私はまた小さく笑う。
もう一つ、忍ばせていた我儘を彼は受け取ってくれるだろうか…?
“本を読んでいるルキさんも素敵ですが、私を傍に置くだけでなくてたまにでいいので構っていただければ幸いです”
読書を始めれば周りが見えなくなる彼に対して小さな要望を綴った手紙。
ケースのなかに忍ばせていた私の二つ目の不満。
こうしてきっと私は少しずつ、愛してくれる彼に対して図々しくなっていくのだろう…
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