50:崩壊の言霊


「………緊張しかしない。」


私の小さな独り言は誰に聞かれる事無く消えてしまう。
本日、ルキさんとのデート当日である。


あれから3日間は怒涛の様に過ぎていった。
コウさんがわざわざお仕事のお休みを作ってくれて一日中可愛らしい服や靴、装飾品などを選んでくれて
アズサさんはルキさんの好みの香りを把握しているからと香水専門店へ連れていってくれた。
そして最後はなんとユーマさんが私の髪型を可愛らしくセットしてくれた。
…申し訳ないが正直ユーマさん意外だった。



「喜んで…くれる、かな。」



チラリと鏡で自分の姿を確認する。
そこに映っているのは全てを諦めた人間じゃなくて
只、愛しいひととのお出かけにそわそわしてしまっている一人の女の子だった。



「花子、待った…か、」



「ル、ルキさん…っ」




待ち合わせ場所に時間ぴったりに現れたルキさんは私を見つけてビシリと固まってしまった。
え、え?ま、まさかこの格好がお気に召さなかった…?それとも香水?あ、もしかして髪型!?


相変わらずマイナスな考えを持ってしまってあわあわとどうにか弁解の言葉を探していれば
彼は少し顔を赤らめて困ったように微笑んだ。



「どうしたその格好…とても、愛らしいじゃないか。それに…良い香りもする。」



「ええっと…少しでも、ルキさんに喜んでいただきたくて…」



「…そうか」



良かった…どうやらこの姿はルキさんにお気に召して頂けたようだ。
嬉しくて顔をほころばせていれば不意に大きな手が私の目の前に差し出される。
あ、これはもしかして本日のデート開始の合図なのか…



「行こうか、花子…手を。」



「!はい…っ、」




彼の優しげな声が嬉しくて、私はそのまま手を取ってルキさんの隣を歩き出した。



「ええっとルキさんどちらへ行くのですか?」



「そうだな、お前の行きたいところに行きたいんだが…」



「私はルキさんの行きたいところへ行きたいのですが…」



「ははっ…困ってしまうな。」




ぎゅっと手を繋がれてそんな会話をしながらも沢山の場所へと連れていってくれた。
静かな趣のあるおしゃれなカフェや、とても可愛らしい雑貨屋さん。
…正直ルキさんは浮いてしまっていたけれど。


後はびっくりすることに遊園地まで。
こういうにぎやかな所、彼は嫌いなんだって思っていたけれど
根が真面目なのか、楽しむときは全力で楽しまなければなと言って本当に…うん、すごかった。


そして最後に訪れたのがココだ。



「わぁ…綺麗…」



「気に入ってもらえたみたいで嬉しい。」



辺り一面に広がる色鮮やかな薔薇達に私は感嘆の声を漏らす。
そう…最後にルキさんが連れてきてくれたのは世界中から沢山の種類が集められた薔薇園だった。



「すごく沢山の種類があるんですね。色だって…私、薔薇って赤ばかりだと思っていました。」


「薔薇は色や形、本数によっても花言葉が違ってくるんだ…興味があれば調べてみると良い。」



さりげないそんな言葉に私は思わず感心してしまう。
流石、沢山の本を普段から読まれているから博識なんだなぁ…
そしてふと視界の隅に入った薔薇にまるで吸い寄せられるかのようにそのまま足を向ける。



「ルキさんルキさん見てください。黒い薔薇もあるんですね。すごい…」


「…………ああ、そう…だな」



薔薇園の隅に展示されていた数本の黒薔薇を覗き込んで
柄にもなくはしゃいでしまえば少し間を置いてルキさんも笑顔で答えてくれる。


じっとその綺麗な黒薔薇を見ていれば必然的に傍に居る彼を連想させてしまう。
この夜空のような安心できる黒が私は何よりも大好きなのだ。



「ふふ…なんだかルキさんみたいですね。」


「………そうか。」



私の言葉に優しい手が頭を撫でてくれて
その心地よさに思わず目を細めてしまう。



「花子、そろそろ閉園の時間だ。………行こうか。」



「はい、そう…ですね。」



彼がそう言って私の手を取ったから少し名残り惜しかったけれど
その愛しい黒薔薇とお別れをしてルキさんの隣をまた歩き出す。



「花子、今日はありがとう…楽しかった。」



「いえ、あの…私も…とても…んぅ」



ルキさんが穏やかに微笑んでそう言ってくれたから
私も素直に今の気持ちを口にしようとすればその言葉は彼の唇によって塞がれてしまって
ゆっくり離されればどうしても私はぼふんと顔を赤くしてしまう。



「すまない、花子が可愛らしいので我慢できなかった。」



「う…うぅ、ルキさ、」



ゴーン…ゴーン…
何処からか、鐘の鳴る音が聞こえる。
チラリと時計を見れば0時を過ぎてしまっていた。
嗚呼、楽しかったデートも終わりなのか…



「花子…今まで、本当にありがとう。」



「?ルキさん…?」



彼の意味の分からないそんな言葉に首を傾げていると
もう一度、優しく…悲しいくらいに優しく唇を塞がれてしまう。


そして名残惜しそうに離されれば彼の口から理解できない言葉が紡がれた。



「花子、今日から貴様は逆巻シュウの最愛だ。」



「…………え?」



何かが音を立てて崩れていくような気が、した。



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