52:愚者的独白


花子が酷く幸せそうに笑う。
嬉しい事なはずなのに…どうしてか少し寂しく感じてしまう俺がいる。



初めに手を伸ばしたのは俺のはずなのに
どうしてか花子の周りには今、沢山アイツを大事に想ってる者がいる。
全て花子の努力が起こした事実で、それはとても好ましい事なのに…


いつもの様に彼女を腕に抱き、最近血の味が変わってきたことを伝えれば
顔面蒼白して慌ててしまう花子に苦笑してしまう。



以前ならこんな愛らしい反応もしなかった…
本当に…本当に花子は人間らしくなったと、思う。



彼女の血のが優しくなったと伝えれば少しうれしそうに笑う…
ああ、きっと俺がお前の血を飲みやすくなったのだと思っているのだろう。
確かに以前のような悲しい味はしない。
けれどその優しい、幸せそうな血を飲む度に俺の胸は酷く締め付けられるんだ。


だってそうじゃないか。
もう花子は俺がいなくともきっとまともに生きることが出来るのだ…



自身を嫌い、蔑にしてきた花子はもういない。
だから俺と言う檻から解放したとしても、もう彼女は大丈夫…


寧ろきっと俺の傍に居たところでこれ以上の幸せは彼女には訪れないだろう。
…俺は自身の意志さえそこまで持っていない、面白みのない生き物だから。



けれど…それでも俺はお前の傍を離れたくないんだ。



「俺は…今のお前の傍に居る資格があるのだろうか。」


気が付けばそんな言葉を紡いでしまっていた。
そんな事…彼女が真意を知ればきっと平気だと笑ってくれるのを解り切っていながらもこんな言葉を紡いでしまうのは
どうしたとしてもお前の傍に居ていいと言う何かが欲しいからだ。


けれどそんなもの、花子にとっては不要のモノで…



「……………何でもない。忘れてくれ。」



先程の自身の言葉を否定して笑うけれど彼女はそんな俺に縋り付いてしまう。
嗚呼、いつもの様に強く抱き締めてやりたいのにどうしてか力が出ない。
きっとお前をこうして抱き締めるのもこれが最後になるのだろう…



俺はこの愛おしい最愛を手放す覚悟を決めて力の入らない手で最後にと、彼女の身体を抱き締めた。




「逆巻シュウ。貴様に話がある。」



「…何だいきなり。俺は花子としか話したくない。」




相変わらずな台詞を吐くコイツを一睨みして小さく息を吐く。
そしてあの日から決めていた言葉を目の前の男へと呟いた。



「花子を、貴様に譲る。」



「…は?いきなり何を言い出すんだお前。」



「俺ではこれ以上花子を幸せにすることは出来ない。」




俺の言葉に驚いたのか彼は耳にはめていたイヤフォンを取り外してじっとこちらを睨みつける。
だがもうコレは決めたことだ。
これ以上俺が彼女の傍に居たところで何もいいことはない。



もう彼女は壊れていない。
俺から離れても消えない。
もうこれ以上俺が彼女に捧げれるものは何もないんだ…


けれど目の前の男は違う。
コイツはどうやら俺より以前から花子の事を知っているようだし
彼女の少しマイナスな考えもすべて受け入れている。
それに…あのお方の子息で長男だ。
きっと彼女が不自由することはない。



逆巻シュウは俺にないものをすべて持っている。



「三日後。」



暫く続いた沈黙のを破ったのは彼だった。
その声はいつもの怠そうな声ではなく、何処かはっきりと自身の意志を持つ声だった。
ああ、ホラ…やはり俺なんかよりこういった男の方がきっと花子には似合う。



「三日後、花子を迎えに行く。…その間にちゃんとけじめはつけろ。」



「ああ…わかった。」




すぐにでも花子を連れ去ってもおかしくはないのに猶予をくれた逆巻シュウに一つ、頭を下げる。


零れるのは彼の小さなため息だった。


大丈夫、最後は彼女の中から俺と言う存在を全て消してしまうさ。
それ位…きっと、できる。



それからちょうど三日後に花子と初めて丸一日外へと出かけた。
待ち合わせに来ていた彼女はとても愛らしく、自然と顔がゆるんでしまう。
ああ、こんな幸せな時間も今日で最後だ。



最後の薔薇園で彼女が黒薔薇を見つめて俺に似ていると笑う。
嗚呼、そう…かもしれない。
黒薔薇の花言葉は憎しみ、恨み…そして



あなたはあくまで私のもの



今まで俺は強すぎる独占欲でお前を縛り上げていた。
けれど、もう大丈夫だ…そんなお前の中の黒薔薇も今日で枯らしてやるから。



黒薔薇の呪縛から解かれたらもうお前は自由だ。



彼女を連れて薔薇園を後にすれば鳴り響く終焉の鐘に紛れてひとこと
最後にお前への愛を誰にも気づかれないように囁いた。



「花子…いつまでもいつまでもお前を愛しているよ」




小さく息をする。
これからの演技にどうか気付かないでくれ…
上手く酷い顔を作れる自信がない。
嗚呼、こんな事ならば以前のお前に偽りの顔の造り方を聞いておけばよかったよ。



さようなら、花子…
俺の一番愛したひと



「花子、今日から貴様は逆巻シュウの最愛だ。」



俺の酷く冷たいその言葉に見開かれた瞳に映るのは
彼女を愛するが故に手放す、哀れで滑稽な一人の吸血鬼だった。



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