53:完全隔離


「………ん、」



重い瞼を開けてみる。
嗚呼、私…泣きすぎてそのまま眠ってしまったのか。
視界に入って来たのは見慣れない景色で昨日の出来事が夢でない事を思い知らされる。


…きっとここはシュウさんの部屋。



私の身体には少し大きなベッドからは彼の香りがするし周りはシンプルだけれどレコードなどが少し、置いているもの。
起き上がりたいけれど、どうしても体に力が入らなくて小さくため息。
うん、何だかもう本当に…どうでもいいのかもしれない。



「花子、」


「おはよう…ございます。」



扉の開く音がして視線だけそちらを向ければ
この部屋の主のシュウさんが少しだけ悲しそうな顔をして立っていた。
彼に目覚めの挨拶をと思い声を出せば驚く程に枯れてしまっていてまた溜息を吐く。



これ程までにあの人の偽りの愛は私の中に浸食していた事実が酷く苦しい。



そんな私を見ていたシュウさんは何も言わずに私の傍に来てくれて
ふわりと優しく頭を撫でてくれる。
彼の部屋で彼の香りに包まれて、彼の手で慰められる…
嗚呼、全てもうあの人のものではないのか。



「花子、着替え用意したけど…どれがいい?」



「どれでも平気ですよ。ありがとうございます…ああ、でも」



どさりとベッドの上に沢山色とりどりの洋服が置かれてしまい少しばかり苦笑。
ああ、やっぱりシュウさんっていつだって優しいんだな。
けれど私は徐に数着の衣類を手に取って彼に引き渡す。
…もう、この色だけは着たくない。



「黒は…嫌いなので、それ以外でお願いします。」


「………そうか。」



以前なら愛おしく思っていたその色はもはや私の心を傷付けるだけの凶器にしかなり得なくて
彼に黒だけはどうしても見たくないと意見すれば私の周りからその色は全て引き払われてしまった。
うん、これで…いい。
もう何も思い出したくない…



「シュウさん…もう少し、眠っても?」


「ああ、そうだな…おやすみ、花子。」



私の願いを優しく受け入れてくれたシュウさんが瞼にキスをするのを合図に深く深く意識を沈める。
もう少し…もう少し、時間を下さい。
まだ、私は穏やかに笑えるまで心は整理しきれていないのです。



きっと再び目が醒めたとき、もう私はあの人を忘れて誰も愛さない元の私に戻るのだろう。






夢を見た。
と言うよりかはコレはきっと記憶の整理だろう…
幼い私が公園のベンチで1人きりで歌う。
人気者になりたくて…皆に愛されたくて、拙い歌を歌い上げる。



でもやっぱり誰も私になんて気付いてくれなくて
とても悲しくて寂しくて只々夕焼けが沈むころ一人で笑って、泣いた。




「………あ、」


「おはよう。」



もう一度目が醒めたら今度はシュウさんの腕の中だった。
ぎゅっと力強く抱き締められていたのだけれど彼は少し心配そうに顔を覗き込んできてしまう。
どうしたんだろうと思って首を傾げればその綺麗な眉はますます下へと下がる。



「花子…泣いてたんだぞ?」


「そう、なんですか…?」



そっと濡れている頬を指で拭われてしまい頭に疑問符を浮かべる。
嗚呼、もしかしたらあの夢と同調してしまったのかもしれない。
そんな自分が少しばかり情けなくてまた溜息を吐いてしまえばシュウさんがじっとこちらを見つめる。



そしてあの人から完全隔離の宣告を私に告げた。



「なぁ、結婚式の真似事をしようか。」



「………、」



真似事と言う言葉が少し引っかかったけれど
もともときっとこうなる運命だったのだろう…
どうしてかは未だに分からないけれど彼に気に入られてしまって
そして彼が少しでも私を扱いやすいようにと更生させられたのだからその言葉は必然的だ。



ならばもう私がいくら抵抗したところで何も変わらない




久々に張り付いた笑顔を付けて
ニッコリ、幸せそうな感じで微笑んだ。
ああ、この仮面の付け心地の良いことこの上ない。



「シュウさんがそうしたいなら…私は大歓迎です。」



「………ん、」



何か言いたそうな彼は、それでも何も言わないまま
只々抱き締めている腕にぎゅっと力を込めた。



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