55:お別れカウントダウン


「本当はドレス、黒って決まってるけど…まぁ、いい。」



「すいません…我儘を言ってしまって。」



「ううん、綺麗だから…許してあげる。」




待合室に入って来たシュウさんが困ったように微笑むから
私は少しだけ申し訳なくなって頭を下げた。
けれど彼は優しく微笑んでちゅっと首筋にキスをした。



久々に会ったシュウさんは相変わらず素敵だったけれど、どうしてか少しだけ表情が曇っているようにも見える。



…これから彼の望む結婚式だと言うのにどうしたのだろうか。



そう言えばあの人の元を離れてからというもの
シュウさんは唇にキスをしてこないし、吸血も…ましてや大人の階段をのぼるような行為も一切してこない。


只々、忙し過ぎる合間を縫って会いに来ては抱き締めてくれたり頭を撫でてくれるばかりだ。
それは全て傷付いた子供をあやすように優しくて…今は少しだけまた自然と笑えるようになっている。



「花子…また、あとで…な?」


「………はい。」



そう言って部屋から出ていってしまうシュウさんを見送って私は小さく息を吐いて
傍にあったソファに腰かける。
どうやら今回の参列者には無神家の皆様も来ているらしい。
どうなんだろう…彼等としては私があのひとの元から消えて、どう思っているのだろうか。



チラリと大きな鏡を見つめる。
映るのは真っ白なウェディングに身を包んだ
何かが抜け落ちたような顔の花嫁。



大丈夫…シュウさんならきっと、大丈夫。
だからこんな顔してはいけない。
時間というものは常に流れているのだから…いつまでも過去に囚われてしまってはいけなんだ。



私はこのぽっかりと空いてしまった大きすぎる穴を埋めなければ
きっともう息さえできない。




「…しあわせに、」



自身に言い聞かせるように声を出して
ゆっくりと立ち上がる。
これでいい…いいんだ。
きっとこれが私の意志って奴なんだ…大丈夫。



「大丈夫…だよね、」



ひとつ、ふたつと深呼吸して
大きすぎる扉に手をかけた。



この扉の向こうにはきっと何も不自由のない人生が繋がっているはずなのに
どうして…どうして私の心は酷くもやもやとしているのだろうか。


けれどもう考えても無駄なんだと頭を切り替えて、無心でその重い扉をゆっくりと開いた。



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