56:本当の私


真っ黒なバージンロードに真っ白な私が足を進める。
ゆっくり、ゆっくりと…
シュウさんがじっと待ってくれている場所まで、静かに一歩ずつ確実に足を進める。


参列者たちは皆さんとても美しいヴァンパイアさん達ばかりで少し緊張してしまう。
けれどそれよりチラリと目に入った三人の表情に酷く胸をえぐられる。


ああ、どうしよう…
みんな、とても悲しそうだ。



コウさんはその大きくて綺麗な瞳に沢山涙を浮かべながら
でも必死に泣いちゃダメって思っているのかこらえながらこちらを見ている。


ユーマさんは涙こそ溜めてはいないけれど
その表情は私以上に傷付いているようで…とても苦しそう。


アズサさんはもう我慢できなかったのか肩を震わせながら
ずっと下を向いてしまっている。…ああ、きっと泣いてしまっているんだ。



今すぐにでも駆け出して「ごめんなさい」と言う言葉を口にして彼等を包み込みたいけれど
突然彼らの前から姿を消した私にはもはやそんな資格はない。
だから何も見なかった、気付かなかったふりをしてじっと前だけを見つめてシュウさんの元へと向かう。



「………花子、」


「…シュウさん、どうか…幸せにしてくださいね」




私の言葉にどうしてだか彼は表情を動かさずにじっとこちらを見つめるばかりである。
どうしたのだろうか…少し、様子がおかしいかもしれない。


けれど時は残酷で誓いのキスの時間となってしまい、彼の顔がゆっくりと近付いてくる。
ああもうこれで名実ともに私はシュウさんのモノになるのだと思い静かに瞳を閉じれば降って来たのは唇ではなく言葉だった。



「ねぇ花子…お前は本当にこのままでイイの?」


「シュウ、さ…?」



彼の言葉に目を開ければ至近距離にいるシュウさんがとても穏やかに優しく微笑んでいた。



「ルキに利用されて、俺のものになって…それも全部運命?何も抵抗もしないで受け入れるの?」



「だ、って…しかた、な…」




困惑してしまい、酷く動揺する。
中々誓いのキスをしない私達に会場が次第にざわめきだす。
だって抵抗したところで無駄じゃないですか…
愛されていたと思っていたけれどそれは全て演技で、結局は貴方の元へと導かれるシナリオで…
そんなのもう、私が抜け出せるはずないじゃないですか。


ゆらゆらと瞳を揺らしていれば彼は尚も優しく微笑んだ。



「花子はアヤトを見ていて何も感じなかった?…いや、違うよな。」



「シュウさん…もしかして貴方わざと…。」



彼の言葉に目をめいいっぱい開く。
アヤトさんを傍に置いたのは私にこの大きなシナリオに逆らうきっかけを与えたかったからなのですか?



「ほら、花子…本当のお前はどうしたい?」



「わた、しは…」



「俺は言ったはずだ…全部救ってあげるって、どんな花子でも愛してるって…」



そっと唇に指をあてがわれてしまい、今まで我慢していた言葉が溢れそうになる。
けれど今、そんな事…
でも…シュウさん、私…言っても良いのですか?言葉にしていいのですか?



じわりと涙が溢れそうになる。
けれどシュウさんは只々優しく微笑むばかりだ。



「その涙を拭うのは俺じゃないよな…花子、言って?」



「わたし…わたし…っ」



ポロポロと零れ落ちてしまうのは
あの人の言葉によってつけられた傷たちだ。
悔しかった…悲しかった…
只計画の為だけに紡いだ愛の言葉を真に受けた自身が酷く許せなかった。



けれど…それでも彼の傍に居たときに感じた幸せに嘘はない。



「わたし…ルキさんの傍に居たい…っ」



数十日ぶりに紡がれた愛おしい人の名前にもう私の顔は盛大に歪む。
淋しくて、悲しくて…そして愛おしくてどうしようもない。
もう周りの騒めきも何もかも聞こえない。聴きたくない。
私が聴きたいのはいつだって低くて甘い優しい声なんだ。




彼にとって私が只の計画の一つだったとしても構わない




私はもう心底彼の事を愛してしまっている。
それは変えることの出来ない事実なのだもの。



「花子…、」



「あ、シュウ…さ」



「おかえり、俺の愛おしいひと。」



彼に名前を呼ばれてハッとすれば先程とは違って酷く嬉しそうな表情をした彼が理解できない言葉を紡いだ。
おかえり?それは一体どういった…


けれどそんな事を聞く前に私の身体は彼によって回転させられる。
今私の視線の先には先程入って来た扉が見える。



「この先の…黒薔薇が沢山咲いている丘にルキがいる。」



「シュウさ、」



「すぐに分かるさ…お前なら」



とん、と優しく背中を押されたのをきっかけに
私は何かが憑りついたかのようにドレスのすそを上げて全速力で走りだした。
会場からは悲鳴や動揺したようなざわめきが聴こえてきたけれど私の足はもう止まらない。



ごめんなさいシュウさん。
やっぱり私、利用されてたとしてもあの人が…ルキさんがだいすきなんです。



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