58:報われない吸血鬼


少し報われない俺の話をしようか…



「花子を、貴様に譲る。」



ルキがこんな事を言いだした瞬間、正直その頭を潰してやりたくなった。
花子が選んだのはお前だと言うのにどうしていきなりそんな事を言いだすんだとも思ったし、
そもそも花子を譲るとか言ってるけれど花子がお前のモノなんじゃなくてお前が花子のモノなんだって自覚をしろとも言いたかった。



「俺ではこれ以上花子を幸せにすることは出来ない。」


けれどこの言葉でコイツの下らない脳内がすべて読めて
もう本当にあきれてものが言えなかった。
そういうの、お前が決めるんじゃなくて花子が決める事だから。


けれどルキはルキなりに彼女の事を考えてこの結論に至ったのだから、今この時点で俺が何を言ったとしても彼の考えは変わらないだろう。
愛するが故に手放すとか…お前も相当花子に溺れてしまっているんだな。
そして今回俺が出来る事はコイツを説得するんじゃなくてきっと花子を少しだけ強くする事。



「三日後、花子を迎えに行く。…その間にちゃんとけじめはつけろ。」



俺の言葉にルキは珍しく頭を下げた。
そして俺はまたこの二人の幸せの為に動くのかと思うとどうしても一つ、溜息をもらしてしまう。




ゴーン、ゴーン…



三日後の夜どこからか鐘が鳴り響く音が聞こえる。
きっと今頃あの馬鹿野郎は盛大に花子を傷付ける演技でもしているのだろう…



「ったく…お前は何回花子を泣かせれば気が済むんだよ…」



1人で小さくぼやいても誰も俺の不満を聞いてくれることはない。
ただ、こうしてルキに裏切られたと思い込んで悲しみに打ちひしがれる彼女を待つだけだ。
花子…違うんだ。ルキはお前を心から愛している…愛しすぎてるんだ。



数時間後ふらふらとおぼつかない足取りの何とも見るに堪えない表情の花子を迎えた。
口から出る言葉は裏切りによる絶望のものばかりだ。
全部受け入れてやりたい…でも、うん。
これだけは受け入れてやれないな。



「ルキさんも結局私なんてあいし、」




彼女の口から出かかった言葉を自身の唇で飲み込んでやる。
それは事実ではないから…
ルキの愛を否定してはいけない。


考えと結論は馬鹿すぎるものだけれど、ルキがどれだけお前を愛してこうしたのか知らないだろう?



ぎゅっと彼女を抱き締めて、俺の腕の中で喚き、叫ぶ花子を優しく受け入れる。
大丈夫、今回も俺が救ってやるから…
今はこうしてひたすらに涙を流していればいいさ。



次の日、彼女の着替えを持っていけば「黒はキライだ」と言った。
…あれだけ愛おしい色をここまで言い切れるくらい今の彼女の心は傷ついているのか。
仕方がない事とはいえ今すぐルキの顔面ぶんなぐりたいくらいだ。
もう少しだけ眠りたいと言った彼女の瞼にキスをして夢の中へ誘ってやり、小さくため息を吐いた。



「…ぅ、…ふっ…」



「花子?」



暫くすれば小さな声で彼女のうめき声が聞こえたので顔を覗き込めばハラハラと流れている涙にズキリと胸が痛む。
きっと悲しい夢を見ているのか…
自身もベッドの中へと潜り込み、ルキの代わりに彼女を強く抱き締める。
…アイツとは体格もそんなに変わらないから、少しは安心して眠れるだろうか?
そんな虚しい事を考えながら抱き締める腕にもう少しだけ力を込めた。



「なぁ、結婚式の真似事をしようか。」



彼女が目を醒ましてからそう言ってやれば一瞬悲しい顔をした花子が
幸せそうに微笑んで了承する。
…その笑顔が偽りな事位、ずっとお前を見てきた俺には見え見えな事もきっと分かっていないのだろう。
だから俺はそのまま彼女の偽りに騙されたふりをして、こちらの計画を実行に移すことにした。




これから行うのは結婚もどきだ。
けれどすべて本物でなくては意味がない。彼女の自我というモノを完全に目覚めさせるには全て真実でないと
まやかしの笑顔を身に着けている彼女に嘘も偽りも通用しないのは分かっている。


様々な準備に奔走している間に彼女の心にキッカケを与える事も忘れない。
きっと花子とは正反対に確固たる“自分自身”をもっているアヤトを傍に置けば彼女の中で少しでも何かが動くはずだ。



「へぇ…今回はホント大がかりなドッキリだねぇシュウ。んふっ♪」



「………誰にも言うなよ。ライト」



「言わないよぉ!だいすきな親友ちゃんのハッピーライフの布石を台無しにする事はしないもの!!」



ひょっこりと現れた弟の言葉に小さく笑って釘をさしたら
心外と言わんばかりに頬を膨らませて反論するから笑ってしまう。
なんだよ、ライト…お前もそろそろ事の結末が見えるようになってきたじゃないか。




式の当日、彼女は偽りの笑顔を崩さないまま、けれど何処か不安げに瞳を揺らしていた。
…あのな、正直泣きたいのはこっちなんだ。
これから俺は愛しの花嫁に逃げられる哀れな花婿役を演じなきゃなんないんだから。



でも俺も全て花子を本当の笑顔にするためだ。
その為なら俺は何者にだってなってみせるさ。



ヴァージンロードを歩いてきた花子と誓いのキスの時に最後の魔法の言葉をかけてやる。
大丈夫、お前はお前の思うように生きる事が許されている。
だからここで言えばいい…お前の本当の気持ち。
口に…言葉にしてしまえばきっとそのままお前の中の「自我」というモノがきちんと確立される。



「俺は言ったはずだ…全部救ってあげるって、どんな花子でも愛してるって…」



戸惑いと不安で揺れる瞳と浮かぶ涙に優しく微笑んでやる。
大丈夫、怖くない。
お前がお前として生きるのに何を恐れる必要があるんだ。
もしそれでも不安ならまたこうして俺が何度でも救ってやるよ。



彼女の瞳に浮かぶ涙が限界に達するけれど
きっとそれを今拭っていいのは俺ではない。
…ホントは今すぐにでも舐めとってやりたいのだけれど。



「その涙を拭うのは俺じゃないよな…花子、言って?」



その言葉に彼女の暖かな涙はポロポロと綺麗な雫となって零れ落ちる。
ホラ、花子…本当のお前はどうしたい?
お前の幸せはどこにある?



「わたし…ルキさんの傍に居たい…っ」



紡がれた言葉、そして愛しい人を求めるその表情。
それは俺がずっと会いたかった“花子”だった。



「おかえり、俺の愛おしいひと。」



今すぐにその体を壊れるほど強く抱き締めたかったけれど
今はこうして彼女と再会できた喜びだけで満足で、
俺はそのまま彼女をくるりと方向転換させて花子の最愛の場所を告げてやりそっと背中を押した。




おかえり、そしていってらっしゃい。




走り抜ける花子を笑顔で見送って、彼女には見えるはずないのに
ヒラヒラと小さく手を振った。




さて、これからが大変だ。
パニックに陥ってしまったこの場をどうやって鎮めようか…
今までは小さくついていたけれど今回は大きくため息をついて宙を見上げた。
…報われないって、めんどくさい。



「っはー…ダル。」


大騒動の中小さく呟いて自嘲気味に笑う。
もう誰でもいいから報われない俺の愚痴を聞いてやれよ。



そうしたら花子と俺の出会いなんてのも…話してやらなくもないから、さ。



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