59:大好きな黒


ふわり
ふわり


包み込まれる優しい香りに私の力はすべて抜け落ちてしまう。
嗚呼、この香りを肺に吸い込むのはいつぶりだろうか。



「………ん?」



ゆるゆると重い瞼を開ければ見慣れた空間。
包み込む愛しい香りに思考回路がまともに働かない。
ああ、この香り…久しぶりだ。



柔らなベッドとシーツの感触…そしてこの香りにもっと埋もれていたくて
ぐりぐりと枕に顔を埋めているとギシリとスプリングが沈む。



「花子…いつまで眠っているつもりだ?」



「!?る、ルキさん!?」



穏やかなその声に瞬時に思考が明瞭になってガバリと勢いよく起き上がる。
するとベッドの端に腰かけていたルキさんが困ったように微笑んで「お前はまた俺の理性を試すつもりなのだろうか?」なんて言い出したから顔に熱が集中してしまう。
そ、そうだった…ここ、ルキさんのベッドだった。



「す、すいません…私、いつの間にか眠ってたんですね。」



「いや、構わない。色々あって疲れたんだろう。……すまなかった。」



あれからルキさんはそのまま私を黒薔薇の丘から連れ去ってくれたのだけれど
彼に抱え上げられてから正直、記憶がないのだ。
その…久々に愛しい彼に抱き締められて安心しきってしまって。


そっと私の頬を撫でてルキさんが申し訳なさそうに顔を歪める。
どうしたのだと思い首を傾げれば紡がれる懺悔の言葉。



「今回は全面的に俺が悪いな。……俺のエゴで花子を悲しませた。」



「ルキさん…」



頬に触れていたその手はゆっくりと下がってぎゅっと私の手を握ってくれる。
冷たくて優しい大きなこの手が私は大好きだ。



私を抱き締めてくれる…
私に触れてくれる…
私を愛してくれる…



「ルキさん…好き、すきです…だいすき…」



「花子?…どうした、突然。」



私を…私なんかをこんなにも愛してくれる彼が愛おしくて愛おしくて
溢れるこの気持ちがポロポロと言葉と涙になって零れ出す。
戸惑いながらもこの涙を優しく掬ってくれる彼がもうどうしようもない位すき…



「…私、やっぱり黒…好きみたいです。」



「は?何の話だ。」



「…何でもないです。ふふ…」



私の言葉に首を傾げる彼に小さく笑う。
シュウさんに嫌いと告げた黒はやっぱりどこまでも私を優しく包み込んでくれるから…
こんなにも愛おしくて苦しい。



「ルキさん…すきですよ、だいすき…愛してます。」



「はは、おかしいな。…今日は俺と花子の立場が逆な気がする。」




普段なら私を安心させるように紡がれる愛の言葉の数々を今日は私が紡ぐ。
そして彼はそんな言葉を困ったように微笑んで全て受け取ってくれる。
ねぇルキさん…ルキさんも私にこうして愛してるって言われたら嬉しいんですか…?



「なぁ、花子…俺も…俺も愛しているよ。」



静かに紡がれたそんな言葉に私の心臓はぎゅうぎゅうと締め付けられて
嬉しくて、苦しくて、嬉しくて…
静かに涙を零して微笑んだ。



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