42:長男の宝物


ある日ぼーっと家んなか歩いてたら
何かがめり込む音が聞こえた。


意味わかんねぇからその音を頼りに足を進めてみれば
リビングの机に少しばかりの傷痕と、洒落てる眼鏡と一通の手紙。



「んだぁ?コレ…」



ひょいっとそれを持ち上げれば何ともまぁガチでオシャレなメガネである。
シンプルで落ち着いた黒縁。
あ、何かルキのイメージっぽい。


そこで俺に湧き上がった小さな悪戯心。
これ、付けたら馬鹿な俺でもちっとは頭よく見えんじゃね?



自他ともにそんなに頭がキレるって訳でもねぇ俺はやっぱり馬鹿だったらしく、傍に置いてあった手紙も確認せずそのまま乱暴に眼鏡をかけてみた。


「お?おお?スッゲー!!!なんかぐにゃってすっぞコレ!おもしれー!!」



どうやらその眼鏡には度数が入っていたようで、誰か用に合わせていたであろうそれに俺の目がついて行けるはずもなく
歪みまくった視界に大はしゃぎすればガツンと壁に顔面をぶつけてしまった。
と、同時にカシャンと嫌な音。



「あ、ヤベ。」



気が付けば視界は元通りだ。
代わりに俺の足元には真っ二つに割れてしまった眼鏡が虚しく横たわっている。
…まぁ、どーせこんな洒落たメガネ付けてんのはコウだろうし
アイツの事だからこんなアイテム腐るほど持ってんだろ。
テキトーに謝れば許してくれるわ。



そうやって軽く考えてはいたが不意に眼鏡の傍に置いてあった手紙が気になって
徐に書いてあった文章を覗き込み一気に顔面蒼白、血の気が引いてしまった。
…やばい、俺。このままだと確実に今日死ぬ。



「と、取りあえず…取りあえず直さねぇと…直さねぇと…!!!!」


ガタガタと震えながら俺はとある部屋に一直線だ。
繊細っぽいアイツなら何とかしてくれるかもしれない!!!
俺は手に持っていた花子からルキへの可愛すぎる我儘が綴られた手紙を放り投げて猛ダッシュした。




知らなかった。
これが花子からルキへの初めてであろう贈り物だなんて知らなかった…!!!




「あああああアズサァァァァ!!!!」



「どうしたの…?ユーマ…そんなにあわてて…」



大きな音を立ててアズサの部屋に乱入すれば
俺の大慌てな態度に首をゆったりと傾げやがる。
い、今は!そんなゆっくりしている場合じゃねぇ!!


「アズサ!お前器用っぽいよな!!コレ!コレ何とかしろ!!!」



ずいっとアズサの目の前に真っ二つになった眼鏡を差し出せば
彼は数秒停止していたがゆっくりとそれを受け取ってふにゃりと笑顔。



「分かった…俺、がんばるね」



「うおおおお!持つべきものは器用な弟!!今なら弱気系ドSを愛せる気がする!!」



どうやら俺の命はこれで救われる…!
ほっとしていそいそと準備を始めるアズサの背中を笑顔で見つめる。
ああ、やっぱり持つべきものは兄弟だ!!




けれど、俺の考えは数十分後盛大に破壊されることになる。




「…………おい、アズサ。何だコレ。」



「えっと、ユーマからもらったものを材料になんとかしてみたんだけど…」



「俺の説明不足!!!!!」



目の前の訳分かんねぇ元眼鏡のオブジェを見ながら膝から崩れ落ちた。
そうだ、何とかしろじゃなくて元通りに直せって言えばよかった!!
どうする…こんなに原型とどめていなけりゃもう元通りに戻すことは出来ねぇ…!!
つかよく短時間にこんな芸術的なもの作れたなアズサ!!!
芸術家になればいいのに!!!


そんな事を考えていれば不意に開かれた扉。
視線を向ければスーパー世渡り上手な俺のもう一人の兄貴。



「あっれー?アズサ君の部屋にユーマ君とか珍しいじゃん。ていうか何かルキ君が凄く怖いんだけど誰か何でか知ってる?」



「こ、こ、コウお兄様ぁぁぁあ!!!」



「えぇ!?ゆ、ユーマ君どうしちゃったの!?急に抱き付かないでよ!そしてお兄様とか!キモい!!!」




もはや最後の頼みの綱であるコウに抱き付き今までの経緯を説明する。
眼鏡を元通りに出来ないのならどうにかルキのご機嫌を損ねないように素晴らしい謝り方をコイツに教わるしかない。




「ユーマ君…17年と言う短い人生だったけれどまぁ、うん。骨だけは拾ってあげるから。」


「おい!諦めんなよ!!可愛い弟を鬼から救うのも兄貴の役目だろぉ!?」



すっげぇイイ顔で首を横に振りやがるコウに対してガクガクと体を揺すっても返事は「諦めろ」しか返ってこない。
するとわなわなと震えながらこの世の終わりのような顔でアズサが呟いた。



「コレ…花子からルキへの…贈り物…?ど、どうしよう…俺…俺……ルキ、ごめんなさい」



「ほう…アズサは既に覚悟が決まっているようだ」



アズサの独り言だと思っていたそれに応えてしまった聞き覚えのありすぎる声に俺とコウはビキリと固まってしまう。
そして二人してぎゅっと抱き締めあいながら恐怖の張り付いた優しい笑顔を浮かべて扉にもたれ掛ってこちらを見ている我らがご長男様へ視線を向けた。



「るるるるるるるるルキ君…!」



「や、ちが!これは…その!!あの!えっと!!!」



やばい…これはやばい!!
俺の本能が煩いくらい警報を鳴らしている。
殺される…確実に!!!!


ガタガタと震えていればゆらゆらとこちらに近付いてくるルキはまるで殺人鬼だ。
いや、うん。そりゃあれだけ溺愛してる花子からの初めての贈り物をぶっ壊した挙句訳分かんねぇオブジェにしちまったのは申し訳ない…
ひっじょーに申し訳ないと思っている。思っているが助けてください!!



恐ろし過ぎるルキのオーラにガタガタ震えていれば
覚悟を決めたコウが、バッと俺達を庇うようにしてルキの前に立ちはだかった。
…やばい、コウがすげぇ格好良く見える。
つかホントに格好いい!!こ、こんな殺気を前面に出しながらも笑顔な化け物のまえに立ちはだかるとか勇者か!!




「ルキ君!壊しちゃったのはユーマ君だよ!?アズサ君は何も知らなかったんだから、アズサ君は許してあげようよ!!」



「まさかの裏切り!オイ、コウ!ふざけんな!!俺も助けてくれよ!!!」



コウの薄情すぎる言葉に反論していたがそんな呑気な事してる場合ではなかった。
そんな暇あんなら窓から逃げればよかったんだ。
気が付けば右肩が粉砕されるんじゃねぇのって位強い力でルキに掴まれていてもう俺本当にしんじまうって思った時に
救世主がやって来た。




「あ、アレ…?皆さんアズサさんの部屋に集まってどうし…って、す、すごい芸術作品が…」



「花子ー!!!たす、助けてくれ!!もう俺を助けることが出来るのはお前しかいねぇ!!お願いします!!」



「え?えぇ…?な、何があったんですか…」



ひょっこりとドアの隙間から顔を出した花子に必死に懇願すればコウがひょいっと彼女を俺達側に連れて来て
ルキにだけ聞こえないように一部始終を話した。



「もうね、ホントユーマ君サイテーだけどお願い助けてあげて。ルキ君ガチで目がイっちゃってるから」



「で、でも…私に何が出来ますでしょうか…」



今回ばかりは花子もぶちぎれているルキの気迫に圧されて顔が引きつっちまっている。
でも、もうここは花子に頑張ってもらうしかねぇ。
コウが何かこそこそを花子に耳打ちすれば彼女の顔がぼふんと赤くなる。
…おい、何言いやがった。



彼女はおずおずとルキの服の袖を引っ張って何か言いたいと主張する。
すると崩壊寸前の俺の肩はようやく解放されて、ルキも花子の方へと体を向けた。
…はやい、切り替えが早すぎるだろ長男。



「どうした?花子…俺はこれから野生児の処分をしなければいけないから手短にな…?」


おいいいい!!!や、野生児の…処分!?
や、やばい…もしこの花子の発言が失敗すれば俺、処分されちまう!!!
ガタガタと震えながら成り行きを見守っていれば花子は未だに少し顔を赤らめながらコウにアドバイスされたであろう言葉を紡ぐ。



「あの…これ、別に壊れても…また、ルキさんと…で、で、でーと…眼鏡屋さんデート、できるから…私は、嬉しい…です。」



「…………………そうか」




ようやく…花子のその言葉でようやくルキの空気が柔らかくなって俺とコウとアズサも一安心だ。
お、俺…俺のこの命は色んな奴の支えで今こうして健在だ…!!
けれどやっぱ人生はそう甘くはなくて…


何度も愛おしげに花子の頭を撫でながらルキはニコリと綺麗に微笑みながら
やっぱり俺への死刑宣告。




「だがやはり初めての花子からの贈り物を壊した罪は重い…ユーマ、後で地下牢へ来い。」



「おて、おて、お手やわらかにたのみます…」



「ふふ…ユーマはおかしな事を言うな。…俺は真面目な吸血鬼だから手を抜くだなんてそんな事はしないさ。」



…笑顔でそんな恐ろしい事いうんじゃねぇよ。
まぁでも今回ばっかりは俺が悪いし、なんかこう…ルキがこんなに我を忘れちまうくらいやっぱ花子の事大事なんだって思うと
なんかちょっと嬉しいから、今回だけは…今回だけは俺も甘んじてルキの盛大な説教と数十発に至るであろうげんこつを受けようと思う。



「ユーマ、命があるだけありがたいと思え。」



「デ、デスヨネー」



けどやっぱちょっと怖すぎるから
そこは何とか花子にもうちっと宥めてもらおうって心の中でそっと思ってしまった。



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