81:祝福


シュウさんはどんな気持ちだったのだろう。




私が勝手に落ち込んで、壊れて、腐って…




そして彼ではなくルキさんの手を取った私を
何度も何度も救ってくれて…




再度彼の手を取らなかった私の笑った顔を見て
シュウさんはどんな表情をしていたのだろう。




…嗚呼、私は本当に何も知らずに只呑気に与えられた幸せをかみしめるばかり。





「花子、」



「………、」




優しくて、甘い声色が私の名前を呼んだ。
見上げればそこには夜空が広がっていて、
でも今の私には彼に甘える資格なんてないと思った。




だって私は自分勝手に壊れてただひたすらに自身を憎んで
それによって思いもよらない人を酷く苦しめていたんだから。




そっと繋がれた手が離されてそのまま頭をゆっくりと撫でられる。
嗚呼、いつだってこの感覚は酷く愛おしくてふわりと体の力が抜けてしまう。





「ルキ、さ…」



「花子、俺は何度も自身を大切にしろと言っているはずだが?」



「でも、…でも、私…」




優しい…どこまでも優しい声色に全てを包まれる感覚になるけれど
それでも自身を責めずにはいられない。



何年…何年もの間シュウさんを私は無意識に苦しめてきていたんだろう…
そう思うともう自分を大切になんてそれ以前の問題で、ただひたすらにぐっとひとりぼっちになった手を握り締めて震えるしかできない。




けれどルキさんはそんな私の体をぐっと抱きしめてぽつり、言葉を紡いでくれた。





「逆巻シュウが悪い。」



「え、」



「は、」




彼の言葉に思わず私とシュウさんも変な声を上げる。
もう一度見上げると瞳は相変わらず優しいけれど少し不機嫌そうな表情のルキさん。




「確かに逆巻シュウの言葉を歪曲して受けて壊れた花子も悪いが、勝手に罪悪感に縛られて報われない主人公を気取っていた逆巻シュウが気に食わない。」




「ちょ、あの…ルキさ…」




「…報われない主人公って、」




少しばかり強めの、早い口調でまくし立てる彼のマシンガントークは止まらない。
なんだかいつも弟さんたちにお説教しているルキさんに似ている気がしなくもないというかまさしくそれである。




「そもそも花子の年齢から言って貴様と関わっていたときは幼少期だろそれで最愛ってなんだというか」



「あああああのルキさん…ルキさん!」




未だに続くいつだって無神家のまとめ役をされている彼のマシンガントークに
さっきまで沈んでいた気持ちなんて忘れて少しばかり大きな声が出る。
すると彼は私を抱きしめている腕にぐっと力を込めてまっすぐシュウさんを見つめた。




「………償いだと?ふざけるな。それだけじゃないだろう。」



「…………、」




彼の言葉にいつもなら余裕めいて反論するシュウさんから言葉が出ない。
私も何を言っていいのかわからずただひたすらに沈黙を守る。
けれどルキさんの口から言葉が止まることはない。




「罪悪感だけじゃない。…心配だったんだろう?まだ好きなんだろう?でなければこんなにも花子を何度も救おうとしない。」




「ルキさ…、」




「もう自分は手を伸ばさないと?そんなことはないはずだ。いつだって少しだけ伸ばそうとして引いていた。」




ちらりとシュウさんに視線を移すと彼の手もぐっと握りこまれていた。
表情はいつもと変わらないはずなのにその手は力が入りすぎて震えていて、
今、彼が酷く動揺している事実を突きつけられてしまう。




「仕方ないだろう。花子を壊したのは俺なんだ。今更、また…」



「だからそういう所が気に食わない。」




シュウさんの絞り出された声に覆いかぶさるようなはっきりした声。
あれ…ルキさんってこんな声出せたのか。
いつだって優しいけれど、こんなにもはっきりした声ではなかった気がして少しだけ驚いてしまう。




………もしかして一緒に居て変わったのは私だけではないのかもしれない。




「逆巻シュウ、貴様には感謝している。…恐らく貴様がいなければ俺も花子もすぐに共倒れだっただろう…」



「………、」



「だがそれとこれとは話が別だ。こんな俺が言うのもおかしな話だが贖罪という綺麗な言葉で報われない男を演じるな。花子への想いを隠すな。」




彼のその言葉は酷く公園にも、私に心にも響く。
まさか、彼の口からそんな言葉を聞く日が来るなんて思わなかった。
いつだって「自分はいいから」と言っていた彼から…こんな、
彼の中で何が変わったのかはわからない…わからないけれどその目はどこまでもまっすぐで
声も酷く通ってはっきりしている。




「…何も知らずに貴様に負担をかけて悪かったとは思ってる。…だから、もうそうやって想いを隠すして悲劇のヒーローを気取るのはやめろ。」




通る、響く、揺さぶられる。
彼の言葉一つ一つが酷く響いて揺れる。
ルキさんが話しているのはシュウさんのはずなのに、どうしてだかその言葉に私も救われている気になってしまう。
綺麗な言葉の元で何かを演じるな。
それは私にも同じことが言えるから…




私もシュウさんを傷付けた罪悪感と自己嫌悪いう名の元
自身を憎む悲劇のヒロインを演じてた…




「…………ばーか。」



気が付けばシュウさんの握られた手は緩められていて
小さく笑う声が聞こえた。
嗚呼、何だかシュウさんの表情…少し柔らかくなってる気がする。



「シュウさ、」



「花子の事俺より知らないルキのくせに生意気。ていうかそもそも俺が救ってきたのは花子だけだっていうんだルキはついでって何度言ったら分かるんだ。」



何度か面倒そうに頭をかきながらルキさんに悪態をつくけれど
シュウさんの表情はどこか嬉しそうで、じっと私も彼がこちらに来るのを待つ。




「でも…そうだな。俺はやっぱりまだ花子がすき。」



「シュウさん、」



「ちーがーう。そうじゃないだろ?もう思い出してるはずだけど?」




少しかがんで私と視線を合わせてくれたシュウさんの名前を呼ぶと
小さく微笑まれてちょんっと鼻を小突かれた。
すると私を抱きしめているルキさんの腕の力がぐっと強くなって相変わらず空気が冷えてしまったので私もつられて小さく笑う。
どうしよう…なんだかルキさんにいっぺんに過去を救い上げられた気がする。




「そうでした…ふふ、ごめんなさい、シュウおにいちゃん。」



「……………とんでもなく恋愛対象外じゃないか。」



「…うるさい俺的には本気だったんだというか今も本気。」




すでに思い出していた以前の彼の呼び名を呟けば
上から冷静すぎるルキさんの声が降ってくる。
そしてそんな言葉に少しばかりむっとしたシュウさんが反論してそのまま彼の足を思いっきり踏みつけた。




「!き、貴様…さっきまで弱ってたくせに…っ」



「うるさい焚きつけたルキが悪い。てかやっぱりこんな生意気な男に花子はやんない。おにいちゃん認めない。」




もうすっかりいつもの彼にもどったと思えば器用にルキさんだけを蹴り飛ばして
私を慣れた手つきで腕に収める。
そしてそっと私の耳元で、私だけにしか聞こえない祝福の言葉をくれた。



「ルキならきっと花子の事幸せにできるな。……まぁまだちょっと足りないけど。」



「おにいちゃ、」



「別にもう気を使って言ってるんじゃない。…今は心から花子とルキを幸せに導きたいって、思ってる。」




少しいたずらっ子のように微笑んで嬉しい言葉。
そんな彼の言葉が嬉しくて数年前のようにぎゅうぎゅうと自分からその体へと抱き着いた。




「ったく……俺もかなわないイイ男捕まえてくるんじゃないって言うんだ。馬鹿花子。」



「…………いえ、どちらかというと私が捕らえられたというか、あの…」




彼の言葉に少しだけ顔を赤くして訂正しても全然聞いてくれなくて
そのままそっと額に唇を落とされて微笑まれる。




「額へのキスには祝福って意味があるんだぜ?……ヴァンパイアから祝福っておかしな話だけど。花子がこの先、今までの分を取り戻す位しあわせになれますよーに。」



「………はい。」





そんな優しすぎる言葉も素直に笑って受け取れる。
嗚呼、私…変わった、というか元に戻り始めてる。




“今までの分を取り戻す。”





もう時計は元には戻せない。
だから私が壊れた期間はなかったことにはできないから、これから…
これから幸せになればいい。



こんな考え、絶対にできないって思ってたのに不思議。




「もうその辺にしておけ逆巻シュウその手を離せ殺すぞ。」



「…………なぁ花子、ほんと何でこんな過保護に捕まったんだよ。」




ガシリと後ろからお兄ちゃんの肩を粉々にしそうな勢いで掴んで背後に閻魔様がいるんじゃないかって位の威圧感で凄んでくるルキさんに
長い溜息を吐いて、じとりとコチラを見つめてきてしまうので私はもう一度小さく笑って
だいすきなおにいちゃんの疑問にそっと答えを差し出した。




「お恥ずかしながら誰よりも私を愛してくれてる結果みたいです。」




自身の口からこんな自惚れきった言葉、出せる日が来るなんて…
まさか、あの日…ルキさんと出会ったあの日は考えてもみなかったなぁ
なんて…ひとりでまた笑って静かに思いを馳せてしまった。





(「…………いやいやいや俺の方が花子の事愛してるし歴長いし。ていうかお兄ちゃんの前でノロケとかありえなんだけど。」)




(「もう貴様は花子の中でどうあがいても兄なんだから離せと言っているだろというか愛情に歴とか関係ない。」)




(「…………元に戻りすぎてしまった。」)



戻る


ALICE+