90:私と彼の違い


「えぇっと詳しい事は小森さんにて…?」



大木みたいなあのいけすかねぇ野郎に抱え上げられながら呑気にそんな事を言ったあの人間。
悪いやつではない…悪いやつではないとは思ってっけど…




あの目は酷く濁っていて何も見えていないような気がした。






リーンゴーン



「ああ、終わってしまった。」



いつもの終業の合図にひとつ、息をついて教科書を鞄へと詰め込む。
もうここ最近はこうやって帰り支度を済まして足を向けるのは三年の教室と決まってしまっている。
……以前はルキさんが迎えに来てくれることが多かったのだけれど。




「正直恥ずかしい」



小さく呟いた私の言葉は誰にも届かずに消えて少しほっとした。
こんなの誰かに聞かれでもしたら本当に死んでしまいたいくらい恥ずかしすぎる。



以前はルキさんが私を迎えに来てくれないとそのまま何処かへ一人でふらふらと消えてしまうと言われていたけれど
今は私もルキさんの傍に一秒でも長く居たくて自ら足を向けるようになった。
これも自分の変化なのだろう…



最初は彼に囚われて、愛されて……それから私も、好きになって、愛して、




「………」




自分がルキさんに出会ってあの日から比べ物にならないくらい彼に夢中になっていると改めて自覚してしまえば
顔に熱が集中してしまって誤魔化す様に手早く荷物を鞄に詰めて教室を後にした。





「あ?」



「あ、」



パタパタと少しばかり足早に廊下を歩いて三年の教室へと向かう途中に出合わせた見覚えのある銀髪ツンデレ吸血鬼さん。
ええと、確か私が小森さんに間違われて攫われてぶりだと思う。




「えーっと、詳しくはウェブで女………だよな。」



「…………そう言えば名乗ってませんでしたね、ふふっ」



何故かマジマジと私の顔を覗き込むスバルさんがあの別れの時にユーマさんが私に言った言葉を口にして思わず噴きだした。
そう言えばあの時は一刻も早くルキさんの怒りを鎮めたいユーマさんの手によって名乗る暇さえ与えられなかったっけ。
…なんだかすごく懐かしく感じる。




「ええと、私の名前は………スバルさん?」



「…………あ、い、いや、なんでもねぇ」



偶然とは言え久々に再開したのだから今度こそきちんと名乗ろうと言葉を紡ごうとしたけれど
それはスバルさんの視線によって遮られてしまった。
……だってスバルさん。さっきからずーっと私の顔覗き込んだままなんだ。



一体如何したのかと問えば、漸く曖昧な言葉と共にではあるが視線を逸らしてくれたけれど
………気になって仕方がない。




「あの、私の顔……何かついてます?」



「いや………ついてるっつーか、」



視線を逸らしてくれたのはよかったけれど、どうしてずっと見ていたのかが気になって問いただしてみる。
するとスバルさんは気まずいような…困惑したような複雑な表情で言葉を紡いだ。




「あの日と別人みてぇな顔だからよ…」



「え、」



「花子、逆巻スバルと何を話している。」



その言葉は全く予想していなかったもので、少しばかり目を見開いて間抜けな声を出してしまう。
あの日と別人のような顔……?
え、あれ…私、あの時どんな顔をしてスバルさんと話していたっけ?



ペタペタと自身の顔を触って確認していれば背後から少しばかり不機嫌な声が聞こえたのでくるりと振り返った。
そこにいたのは予想通り、私のだいすきな彼。




「ルキさん……って、うわぁ!?」



「逆巻スバル……貴様、花子に何をしようとしていた。」



突然後ろに体を引っ張られて大きく変な声が出てしまった。
頭上のルキさんの表情は酷く厳しくて、鋭い視線でスバルさんを射貫く。
嗚呼、そうか……そう言えば私、逆巻さんとはシュウさん以外いい思い出がない。
ライトさんは今、親友だけれど……



「あの、ルキさ……」



「花子は少し黙っていろ」



別にスバルさんは何もしていないし、される気配もないので大丈夫ですと言いたかったのに
それはルキさんの酷く警戒した声色に遮られてしまった。
そんなに……私、そんなにルキさんに毎回心配かけていたのか。



彼がここまで必死に警戒してしまうほど、自分が逆巻さん達に酷い事をされてきたのだと思うと
今まで心配かけてきた事と自身の警戒心のなさと無力さに申し訳なく思ってしまって何も言えなくなってしまった。




「うっぜぇ………いかにも愛されてますってか?」



「スバ、」





ドゴッ!!





小さな舌打ちと共に紡がれた同じく小さな言葉に漸く声が出そうになったけれど
スバルさんが壁を強く叩きつけてしまってまた遮られてしまう。
嗚呼、酷く打ち付けたから壁に穴が、




「あの、」



「そうだな。俺等みたいな吸血鬼は危険だから近付かねぇ方がいい。」



自嘲気味に笑ったスバルさんがギロリとコチラを一度睨みつけて足の方向を変えてしまう。
そして放たれた言葉に私の体は大げさに揺れる事となってしまった。




「どうせ吸血鬼と人間なんざ永遠に寄り添える訳もねぇし……お前も早く普通の人間の群れに戻った方がいいんじゃねぇの?」



「貴様………」



「俺は本当の事を言っただけだ。………じゃぁな、」



ギロリとコチラを睨みつけて去っていく彼の背中を只々見送る。
永遠に寄り添えるわけじゃない……その言葉が酷く重くのしかかる。
今までそんな事を考える余裕なんてなかった………そうだ、私…私は、




「……っ」




その時、私を抱き締めるルキさんの腕に
ぐっと力が籠ったのを感じた。



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