91:小さすぎる一歩


人間と吸血鬼は永遠を寄り添える訳がない。




スバルさんのその言葉が当たり前のはずなのに今更…
今更どうしようもなく胸を抉って酷く傷んでしまう。





そうだ、
私はルキさんとは永遠にずっと一緒には寄り添えない。





「俺は今からスバル君と絶交してくる」



「そうか、気が合うななら俺は立会人になってやる」




「いやいやいや何でそういう結論になるんですかと言うかスバルさんは当たり前の事を言っただけで…」




ここはとある空き教室…今目の前にはとても珍しい組み合わせ。
この二人と一緒と言うのは初めてなのかもしれない。
お二人ともいつも通りイケメンさんなのだが今日は少し不機嫌な空気で少しこちらも体をこわばらせてしまう。



「いや確かに……確かにそうかもしれないよ!?だけどさ……今回のスバル君は八つ当たりでしょ!?全くもう!!」



「いえ、まぁ…そう、なのですかね……ってコウさん落ち着いてください」



「毎度毎度俺の弟はいつだってやらかすな…スバルも花子と話したいのにルキがなにもしてない自分を危険認識して花子を遠ざけたのが寂しくて暴言吐いちまったとか素直に謝罪すればいいものを」



「………スバルさんの事よく知りませんがそれはないのではないでしょうかシュウさん」




小森さんから多少はスバルさんの話を聞いていたけれど
シュウさん……多分スバルさん、そんな素直な謝罪とか絶対にしないと思います。





今目の前にいらっしゃるのはコウさんとシュウさん。
コウさんの頭に大きなこぶが出来ているのは少し沈んでいる私を見かけたシュウさんが話しかけてくれている処に偶然居合わせて少しからかい気味に
「あっれ〜?こんなとこで何してるの?シュウおにいちゃーん」とシュウさんを挑発したからである。
………あの時のシュウさんの後ろに何か真っ黒いものが見えた気がしなくもないが恐ろしいので気付かないふりをしたい。




どうやら私以外にああいう風に呼ばれるのは
シュウさんとしては酷く不満らしい。



「ま、けど確かにスバル君の言葉も一理あるとは思うよ。……俺達は吸血鬼でずーっと生きてるけど花子ちゃんは覚醒するかとかわかんないし。」



「覚醒……ですか?」



「簡単に言うと俺達と同族になるという事なんだが……まぁ選ばれた人間しかなれないし。それに花子が当てはまるのかと言うのも俺達じゃぁ分からない。」




じっとコチラを見つめるコウさんが少し悲しそうにつぶやいた言葉の中にあった気になる単語…
それを復唱すればシュウさんが噛み砕いて分かりやすいように言ってくれたけれど…そうなんだ。
皆さんと……ルキさんと同じになれる人間も中にはいるんだ。



きっと、私は少し変わった血を持っているだけで
他は何ら変わりのない普通の人間なので無理だろうけれど。




「ま、俺達の周りで覚醒できそうなのってエム猫ちゃん位だもんね〜」



「おいコウ、」



「あっ、」



「…………小森さん」




自身の中で所詮私は特別ではないので無理だと
彼らと同じになる道を早々と諦めてしまえば不意にこぼれたコウさんの言葉に思わず体を固めてしまう。
少しきつめのシュウさんの静止の言葉がすぐに響いたけれどもう遅い。
私の耳にはしっかりと届いてしまった。




そうか……小森さんは
覚醒、できるんだ…。





ざわりと胸の中に暫く覚えがなかったものが湧き出す。
いや、違う。小森さんは関係ないじゃないか。
なのに、なんで、こんな……、




ガタリとその場を無言で立ち上がる。
どうしよう、今こんな気持のまま二人の傍に居ちゃいけない気がする。




「花子ちゃ、あの……」



「ごめんなさい、少し席をはずしますね」



「…………」



酷く心配そうな表情のコウさんに笑顔でそう応えるけれどきっとバレバレな気がする。
コウさんはどうしてだか私の事、全部御見通しな気がするんだ。
だからきっと、




今、私のこの笑顔が張り付いたものだって言うのも気付いてしまっている。




シュウさんはそんな私を見つめて何も言わないままでいてくれる。
きっと私がここに居たくないのを察してくれたのだろう……
彼は本当にどこまで行っても素敵なお兄ちゃんだと思う。




「本当にごめんなさい……」






もう一度小さく謝罪を置いてその場を後にした。
ピシャリと占めた扉の内側からガタリと何か音が聞こえた気がしたが
今はそんな事を気にしていられる余裕がない。




そうか、小森さん……
小森さんは私と違って皆さんと一緒に居れるかもしれない権利があるのか。




そうか………、




「だったら、」




だったらルキさんは先に消えてしまう私なんかより
ずっと傍に居れる小森さんとの方がいいのではなのだろうか…




なんて




今まで散々愛されてきたと言うのに
彼の愛を台無しにしてしまうような考えがふと頭をよぎり、
数回首を横に振った。




「ホント、相変わらずだ」




ひとつ何かどうしようもない事が起こればこうやって後ろ向きに考えてしまう。
今までルキさんに愛されて、皆さんが背中を押したり守ってくれたりしたこの関係。
なのに……なのに私はいつだってそれを一瞬にしてなかったことにしようとしてしまうんだ。




「はぁ………これもどうしようもないな。」




自分のそういう所はどうしても好きになれなくて…
でも、それでも昔の私と少し違うのはその酷い考えをすぐに掘り下げて絶望までたどり着かない所。
それほど今まで私はコウさん、ユーマさん、アズサさん、ライトさん、シュウさん……そしてルキさんに支えられて生きてきた。




相変わらず馬鹿で卑屈な考えは変わらないが
思い留まる事は出来るようになった……




「随分と小さすぎる一歩だけど」




ここまで来るのにこんなにたくさんの人に支えられたのに
踏み出せたのはほんの少し……非常に申し訳ない気持ちで一杯だ。




「はぁ、」




自身がルキさんと永遠に寄り添えない事実への悲観と
それを可能にしてしまう身近にいる同じ立場の小森さんへの嫉妬…




そしてだったら私じゃなくて小森さんと一緒なら彼はと
思ってしまう自身の卑屈さ…




それら全てを消化して噛み砕こうと
長い溜息をついて足を屋上へとむけた。





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