94:刹那のしあわせ


コツコツと階段を下りながら静かに自身の考えをまとめる。
そうだ……どうあがいてもルキさんと永遠を生きる事が出来ないのであれば





“長く居るとか短い時間だけとかそんなものに価値があるの?それよりも過ごした時間の濃密さじゃないかしら”





意地悪な小森さんの言葉が頭の中で反響する。
永遠が手に入らないのだったら私は……




「本当に……図々しいな。私…」



ぽつりと思わずこぼれた言葉。
以前の私なら絶対にルキさんから離れる選択を選んでいたにも関わらず
今の私が選んだ選択は酷く自己中心的で我儘で利己的で……



それでも…それでもルキさんならこの選択を受け入れてくれるだろうと思ってしまっているのは
自惚れか……もしくは、




「“信じてる”………なのか」



無意識に零した言葉は自身の気持に少しばかりすんなりと当てはまって少し笑ってしまう。
嗚呼、なんだ……少しずつ、少しずつだけれど私…ルキさんを信じようとしているのか。
そんな事を考えながらも階段を全て下りる途中に視界に入ったのは今まさに考えていたその人で……



「ルキさん」



「………花子、」




じっと互いに見つめ合い言葉が出ない。
どうしてルキさんが此処にと言う疑問も恐らくいつも何かあれば私が屋上へと足を向けるので心配して見に来てくれたのだろうとすぐに解決してしまう。
嗚呼、本当に屋上には色んな思い出ばかりだ。




貴方との出会いも
すれ違いも
自暴自棄の果ての自殺も
再会も……





そして今度は…




「ルキさん」



「花子」



「「…………」」




もう一度相手の名を呼べばそれは本当に同時で
思わず次の言葉を紡ぐのに躊躇してしまう。



けれど……けれど、今まで沢山愛され、心配をかけて彼によって壊れた心を元通り…よりももっと大きく育ててもらった私は
彼の言葉を待つ前に気が付けがぽつりぽつりと言葉を紡いでいた。



「ルキさん……私、きっと覚醒できません。……血の味が少し違うだけ、ですから。」



「………花子」



「ルキさんと永遠には生きれない」




改めて口にしてしまうどうしようもない事実。
私の血は誰もな直視したくない欲望へと彼らを……吸った本人たちを突き落すけれど…
あくまでそれだけ。
カールハインツ様も言っていた通り「少し変わっている」レベルだ。
………小森さんの様にトクベツ、ではない。




「花子、俺は…」



「それでもっ、」



「!」




私の言葉に耐えかねたようにルキさんが少し表情を歪めて何かを言ってくれそうになるけれど
それさえ遮って少しばかり声色が大きくなってしまう。
少しうつむっき加減だった顔を懸命に上げて真っすぐにルキさんを射貫く。
ルキさん……私は、私はきっと貴方を置いて逝ってしまうだろうけれど……それでも、




「それでも、私はルキさんの傍にいたいです。いつだって過保護で私を離してくれない貴方の腕の中で死んでいきたい。」




「花子……」




「貴方にとって一瞬しか生きれない私だけれど……っ、でも……っ」




「もういい」




言葉をルキさんに伝いたいのに次第に声が震えてしまう。
嗚呼、私の後ろ向きな考えはまだ健全なのか……もしかしたら、こんな重すぎる考え…彼は負担なんじゃないかと
思うと声も体も震えずにはいられない。
けれど……それでもどうしても伝えたい…




貴方がここまで治して育ててくれた私の中の想いと愛を




けれどそれは途中で遮られ、気が付けば私は彼の腕の中。
ぎゅうぎゅうと加減なしに抱きしめられていて少し苦しい…
「もういい」……それはどういう意味なのだろうか。
もしかしたら……なんて悲しい意味を想像してじわりと涙を浮かべていれば聞こえてくるとても長い長い溜息。





「その台詞は………俺から言いたかったんだが」



「え?」




「逆巻スバルの言葉で思い知らされた。俺と花子は異種族……決して永遠に幸せ…と言う訳にはいかない。」




少し意外な言葉に思わず目を見開くも続けて彼からも紡がれる現実に静かに目を閉じる。
そうだ……私とルキさんは根本の部分で違う。
想いが通じていても共に、永遠には叶わない。




「きっとお前は同族の男と一緒になれたほうが幸せだろう」



「ルキさん、そんなっ」



「花子……最後まで俺の言葉を聞いてくれ、」




放たれた言葉に「それは私の幸せではない」と食らいつこうとしたけれど
彼はそんな私の様子を見て困ったように笑って宥めるようにそっと頭を撫でてくれる。
嗚呼、少し前のルキさんならあの日…私をこれ以上幸せに出来ないとさっとた日の様に
この言葉で別れを切り出していただろうに…続きが、あるみたい。





変わったのは、私だけでは…ないんですね。





言われるがままにじっと彼を見つめ、言葉の続きを待っていれば
穏やかに微笑んでくれるルキさんは初めて会った時より、もっと広くて大きな夜空に見えた。



「花子、俺はそれでもお前を離したくない。目を離せないだけじゃない…こうして何度も俺に捕らえられに来てくれるお前から………離れたくないんだ、」



「ルキさ、」



「花子……どうか俺の腕の中で朽ちて、死んでほしい。……俺が花子から離れたくないんだ。」




最後まで絞り出されたその言葉と同時に抱きしめられる腕の力がますます強くなって骨が軋みそうな感覚に陥るけれど
ルキさんにならそうされてもいいかもしれなと思えてしまうほど今の私の心は嬉しさと愛おしさが溢れてどうしようもない。
嗚呼、嗚呼………どうしよう、私は貴方にこんなにも愛されている。





これはもはや自惚れではなく確信だ





「ルキさ……ルキさん……ぅ、」



「嗚呼、泣くな花子……また俺がお前の“お兄ちゃん”と言う奴に殴られてしまうだろう。」




嬉しくて、うれしくて、……しあわせで。
互いの想いが同じで、こうして伝え合う事がこれほどまでに胸を締め付けられるとは思ってなかった。
嗚呼、ルキさん……普通の人間でごめんなさい。そしてこんな私から離れたくないと言ってくれてありがとう。



ぽろぽろと彼への色んな感情が涙となって零れて落ちれば
そんな私を見つめ少しふざけた様に宥めてくれる貴方にもう涙は止まらない。




「花子………改めて伝えたい。お前の命が尽きるまで……どうか俺と一緒に居てくれないか。」



「ルキ、さ」



「遺される孤独より、お前が離れてしまう方が俺は怖いんだ。」




「俺は相変わらず情けない吸血鬼だな」と苦笑してしまうけれど
じっと見つめられたその瞳は誰よりも私を愛そうとしてくれている事がこれでもかと伝わってきて幸せで苦しい
ルキさん………ルキさん、私は本当に貴方の事がだきすきです。




「言われなくても……一緒に、います。ずっと…ずっと、」



「随分と偉くなったなこの口も。………ありがとう、花子。」



「ふふっ、全部ルキさんの所為ですよ……こちらこそ、ありがとうございます。」




少し生意気な態度で彼の言葉に同意すれば意地悪に微笑んだルキさんに優しく頬を撫でられて少しだけのお説教にもならないお説教。
そうですね……私も随分偉くなりました…生意気になりました。
貴方に愛されて、私はこんなにも自身の気持を真っすぐに伝えれるようになりました。





ひゅうぅと、強い風が音を鳴らし吹き上げ近くの窓から
「ほら、永遠でなくてもアンタは幸せでしょう?」
とそんな意地悪で優しい言葉を乗せてきてくれたような気が、した。




永遠じゃなくてもいい……
私は貴方と刹那の時間、こうして一緒に幸せを感じていたい。



戻る


ALICE+