97:狂いだした秒針


ある冬の日、魔界から帰って来てみれば屋敷に覚えのない臭いが僅かだが残っていた。




「………?」



何者のものだろうと思考を巡らせ該当するものを考えてみても
私の記憶の中にこの臭いの者は居ない……居ないが、





「誰ですか、この屋敷に彼女以外の人間を招き入れたのは…」




三つ子の母親であるコーデリアの心臓を持つ彼女以外を屋敷に…
また節操のないライト辺りでも連れ込んだのだろうと思いきやその香りが微かながらも少し強く残っていた場所に首を傾げる




「キッチン……?」




誰とも分からないその香りに混じって香るのは少しばかり甘いチョコレート…
私が留守にしていた日とその香りで此処でその顔も知らぬ誰かが何をしていたかは察したが
更に疑問を持つ材料となったのは後二つの香り…




「どういう事ですか」





あの二人が人間……餌を仲良くキッチンで分け合うだなんて考えられない
そもそもその人間は恐らく人間の下等な行事に使うモノをあそこで作っていたのだろう…
彼らが分け合ってその人間の血を食らっていないのだとしたら……





「まさか」





ふと平和ボケした過程を想像したがそれこそあの二人に似合わないだろう
快楽主義者と怠惰の化身…
あの二人が人間がソレを作っている間仲良く見守る……?ありえない。




疑問が更に疑問を呼び、こうなってしまえば本人たちに直接問おうと
リビングに足を向ければそこにいた私の中で疑問を浮かべている者の一人が相変わらずソファで眠っていた




「ん………、花子」



「……………おやおや、」




こちら側にまだ気付いていない彼のその表情が視界に入り
ニタリと思わず口角を上げてしまう。
紡がれた覚えのない名前…その酷く穏やかな表情………嗚呼、貴方。
また何か手に入れましたか?それともまた何かに希望を抱いたのでしょうか…




彼に問う事なく踵を返し自室へと足を向ける。
嗚呼、きっとその表情とこの僅かに残った人間の香り……繋がっているのでしょうね。





「幾らでも大切なものを作りなさい……その度私が奪って差し上げましょう」




小さく呟いたその言葉は酷く愉悦に染まっていて、自身の笑いが止まらない…
嗚呼、また全てを当たり前の様に持つ貴方の手から何かを奪えると思うとそれだけで…
きっとこの様子だともう一人の快楽主義者も関わっているのだろうが私には関係ない。
私は彼を絶望の底にまた叩き落すことが出来ればそれでいいのだ…





「貴方が何かを持とうとするのがいけないのですよ…穀潰し」






小さな笑いの中にポツリ、そんな言葉が響いて闇へ溶けて消えた。






「花子………ですか」





彼を再び壊してやるために手に掛けるであろうその名前
そっと愛おし気に呟いてまたひとつ、声を上げて笑う。




嗚呼、愛しい…愛しいですとも
だって「花子」と言う人間は彼を苦しめる為の重要な材料なのでしょう?





「花子……お待ちくださいね。きっと私が滅茶苦茶にして差し上げましょう」





夜空が酷く明るく照らされたそんな夜…
カチリと秒針が狂ったように動き出した気が、した。




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