82:誇り


結構傷だらけ、もう立ってるのも難しいかなって諦めそうになった。
でも、花子ちゃんと…花子ちゃんの笑顔、もう一度見たいなぁ。
それだけで必死に二本の足で踏ん張って持ちこたえてた。




「まぁアイドルの二重人格にしては頑張ったんじゃない?」



「………え、」




朦朧とする意識の中響いた声は聞き覚えのある声で
もうあまり開かない目で見れば目の前には真っ赤に染まったシュウ君がいた。
…なんだよ、ルキ君と花子ちゃんを殺したいって思ってる連中鎮めてたんじゃないの?



ぼやっと彼の顔を見つめ続ければ俺の言いたいことを察したのかそうじゃないのかわかんないけど彼は小さなため息をついた。




「花子、ホント…大事なものが沢山できたんだな。」



「は?え、ちょっとどういう、」



「言葉のままの意味」




シュウ君のよくわからない言葉に困惑していればバチリと合ってしまった瞳。
少しだけ彼の思考が流れ込んできた。




“壊した”



“ごめんな”



“花子、ごめん”



“今度は離れて守るよ”



“大丈夫、全部救うから”




なんだコレは。
今まであまり開くことのなかった目が大きく開いた。
なんで…シュウ君、壊したってどういう事。
それは、もしかして…




花子ちゃんがあんなに自身を嫌いになった原因はシュウ君にあるという事?





目を開ききった俺を見て少しだけ、
ほんの少しだけ…




彼の顔が歪んだ気が、した。






「あー…大丈夫なのかな、あの三人。」



ガシガシと何度か髪を掻きむしりながらも目の前のスケジュールを頭に叩き込んでいく。
今日はアイドルの仕事だ。
けれど正直こんなの頭に入りそうで入らない。




あの日から…
シュウ君を慕う奴らがルキ君と花子ちゃんの命を狙って、
俺たちが命張って守って…それで、
それで全部結局シュウ君に助けられちゃった日から俺の胸にどこかつっかえが出来ていた。




入ってきたシュウ君の気持ち。
あれは間違いなく花子ちゃんへの罪悪感そのものだ。
確信がないから余計に何もできなかった。
でも…でも…




「シュウ君が…花子ちゃんを、」




ぽつりと確信に近い言葉を口にする。
シュウ君は花子ちゃんを好きというか、償いと言う意味で救ってきたようで…
けれどその奥…俺に流れ込んできたその奥に何か…まだ何かあった気がするんだ。




「こんなの、ルキ君が知ったらどうなるんだよ…てか花子ちゃん全然覚えてないみたいだしどうなってんの〜!」




少し大き目な声で喚いて目の前の机に突っ伏する。
どうして花子ちゃんが覚えてないのかわかんないし、ルキ君が花子ちゃんを壊してしまった原因がシュウ君だって知ったらそのときどうするのかなんてわからない。
…ルキ君は花子ちゃんに対して恐ろしいまでに過保護だから。




「や、過保護っていうか…余裕がない?」




ルキ君が花子ちゃんに過保護になる理由。
それは花子ちゃんが好きで好きで大好きで、ちょっと前までは花子ちゃんが自分を大事にしないからっていうのが大きいとは思う。
けれどそれだけじゃないというのも俺は知っている。





ルキ君には余裕がない。




どうしてだか自分はつまらない吸血鬼だとかそういう事を言ってしまう彼には余裕がない。
いつだって笑顔で「俺はいいから」っていうけれどその裏側で「俺だって」って思ってることも知ってる。
…でもいい兄でいたい、素敵な彼氏でいたい願う彼は自身の思考にさえ気づいてはいないんだ。
いや、気付こうとしないだけかもしれない。



そんな彼がこんなこと知ってしまえばどうなるか分からない。
ルキ君の中の花子ちゃんへの独占欲とか嫉妬、渇望とか…そういうの、全部暴走してしまうかもしれない。
今まではシュウ君がどうなっても別に関係ないって思ってきたけど…でも、




「あんなの見ちゃったらそんな事思えない…」




少しだけ…少しだけ歪んだ顔。
でもそれが酷く悲しそうで、苦しそうで…




そして辛そうで………




シュウ君のしてきたことは正しいと同時に間違ってる。
彼がいなかったらきっとルキ君と花子ちゃんはすぐに別れてたというかもしかしたら心中だってあり得る運命だったかもしれない。



だからそういった面では彼がしてきたことは正しいというか俺としてはありがたい。
大好きな二人が今もこうして笑ってくれてるんだから。




けれど、同時に罪悪感の後ろに隠してた「何か」をひたすら見せれないのはおかしいと思う。




「見えなかったけど…見えなかったけど絶対あれは!!」



突っ伏したままじたじたと足をばたつかせてやりきれない思いを発散させようと試みる。
…だって何だかこんなの、あんまりだ。




「シュウ君はこれでいいの?」




やりきれない思いを言葉にする。
もどかしい…どうしてこうも長男っていうのはどこの家の奴ももどかしいのだろうか。



きっと罪悪感の後ろに隠れてたのは純粋な花子ちゃんへの恋心。
でもきっと花子ちゃんを壊してしまったからって、それを出すに出せないんだ。




「…結局みんな“自分はいいんだ”って?」




ルキ君も
花子ちゃんも
…シュウ君も




結局みんなが躓くのは「自分はいいから」という自己犠牲だ。
そんなの誰が望むんだよ、馬鹿。
見てるこっちはもう本当にどうしようもない気持ちでいっぱいだよ。





…彼等はいつ、その自己犠牲っていう綺麗な上辺から完全に開放されるのだろう。





ブーブーブー




「んぇ?」




ぼんやりとそんな出口のない考えにふけっているとふいに鳴り響いた携帯のバイブ。
のそりと顔を上げて手に取って画面を見て思わず噴き出した。





「………ちょっと、俺の心配を返してよ。」




小さな笑いはちょっと止め方を忘れちゃった。
ああ、どうしよう…なんだよ馬鹿。
ルキ君…マジ?




「コウ君、そろそろ出番…って、どうしたの?」




「ぶふ…っ、え〜?ちょっと面白い動画が、きちゃって…ふへっ」




数回のノックの後に入ってきたマネージャーが俺の様子を見つめて驚いてしまうけれど
ごめん…今はちょっと、この笑いを止めることは出来ないかな。




「あーもう!取り越し苦労だった!!ええと?今日の予定は…兄の恋を見守る友人役だった。ピッタリ!」



「な、なにがピッタリなの…?」



「んー?ふふ…っナーイショ!」




ぐいーっと伸びをしてスケジュール確認。
今の俺の心境にピッタリな役だったことを思いだしてもう笑いは収まったけど顔のゆるみは収まることがない。
ちゃんとセリフだってバッチリだけど今回、この役感情移入しまくっちゃいそうだなぁ…なんて。



未だにゆるゆるな表情の俺をマネージャーが心配するけれど
それどころではない。
撮影中はさすがにちゃんとするけれどそれ以外は今日…絶対ずっと笑顔だ。




「はぁ…ルキ君。俺、すっごく嬉しいよ。」




携帯から漏れる小さな音声。
そしてめちゃめちゃ揺れまくる画面に映るのは俺のお兄ちゃんと罪悪感の王子さま。
……それから少しだけ後ろ向きな女の子。





『そもそも昔だって花子に恋愛対象にされてなかったんだからその手を離せと言っているんだ!!』




『やーだー。お兄ちゃんはお前みたいなのまだ完全に認めたわけじゃないんだからな』




『いや、あの…ルキさんもお兄ちゃんもええと…あれですよ、仲直りしたんですからあの…』



『俺がいつ逆巻シュウと仲直りしたんだただうじうじ罪悪感などなんだのと言うのをやめろと言っただけだ』



『俺だってこんなまだ完全に花子を渡してもいいと思いきれないクソ参謀と仲直りした覚えないし』



『あああああああ』




震えまくる画面、時折聞こえる噴き出したような笑い声はきっとこれをこそこそ隠れて笑いこらえてるユーマ君。
もう…こんなに面白いことになってるならもうちょっと早く送ってきてよね。




画面の中では相変わらずな三人。
シュウ君が花子ちゃんを後ろから抱き締めてルキ君がマジギレしちゃってる。
…けれど表情が全然違うんだ。




花子ちゃんすっごく嬉しそう…
シュウ君、すっごく穏やか…




そして




ルキ君




ルキ君…すっごく大人びてる。





「いやぁ、俺たちも変わるものだね。」




誰にも聞こえないように小さく呟いた。
自分はいいからと言いながら後ろでやりきれない思いを抱いていたルキ君がこんなに変わるとは思わなかった。
きっとこのシュウ君と花子ちゃんの顔…ルキ君のおかげだ。




いつだってシュウ君についでとはいえ救ってこられてたはずのルキ君が
まさかこうしてシュウ君を救う形になるとは思わなかった。




「ていうかお兄ちゃんってなんだよ花子ちゃん…」




やんややんやと未だにうるさい動画をチラリと横目で見つめてまた噴き出した。
詳しいことはまだわかんないから仕事終わって帰ったら詳しく話、聞かせてもらおうっと。



ルキ君が選んだのは花子ちゃんを壊したシュウ君に制裁を与えるものでも
シュウ君に壊されてしまっていた花子ちゃんと共に堕ちてしまうというものでもなかった。




「俺は、ルキ君を本当に誇りに思うよ。」





彼が選んだのはきっと
シュウ君の隠された想いとまっすぐに向き合って
そして花子ちゃんの過去も何もかも全部包み込んでしまおうっていうものだから…




ああもう、これでますます俺はルキ君と花子ちゃん、
そして後シュウお兄ちゃん?の幸せを祈らずにはいられなくなってしまった。


小さく漏れた俺自身の笑い声も
どこかしあわせに満ちていたとか…
今からドラマの撮影に向かう自分ではまだ、気付かないままだった。



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