85:預ける者と受け取る者


いつだって後ろに足を向けてしまいがちな私を
なかば強制的に前に向かせてぐいぐいと背中を押してくれた人たち…
そしていつだってその先に待ってくれていた優しい夜空のような彼…



信じたい…
けれどいきなり全てを信じ切るという事はすごく難しくて
信じたい…でも、けれど信じたい…だけど怖い




その葛藤で静かに震える手は止まってはくれないでいる。






「(…皆様に申し訳ない。)」






そんな事を考えながら自然とため息をついてしまえば
シュウさんに優しく頭を撫でられてしまう。



情けない…
コウさんもユーマさんもアズサさんも…
今まで数えきれないくらい沢山お世話になって優しくしてもらって後押ししてもらったのに
それでも私は彼らの事を信じ切る事が出来ずにいる。
それもこれも自身に未だに確固たる自信がないからだろう…




もし私が少しでも彼らに大切にされているという自信があるなら少しは違っていたのかもしれない。




「シュウおにいちゃん……信じるって、難しいですね。」



「そうだよねぇ〜僕も信じるって無理無理!!だって裏切られたとき立ち直れないもの!!」



「え?」





独り言のような小さすぎる声でシュウさんに言葉を投げれば
返って来たのは予想していた声色ではなく
少しばかり久しぶりに聞く親友の声だった。




「ライトさん!?いつの間に…っ」



「やっほー花子ちゃんっ!元気にしてたー?んふっ♪キミの親友のライト君ですよ〜って、シュウお兄ちゃんってどういう事?新手のプレイ?」




「………ちっ」




ひょっこり背後から現れたライトさんが私の呟きに応えて
シュウさんの呼び方に興味を示したのかにまにまと笑いながら私とシュウさんを交互に見たけれど
彼が小さく舌打ちをしてこちらに視線をくれて、どうやらライトさんにはこの呼び名を気付かれたくないようなので咳ばらいをして気を取り直す。




「ええとライトさんいったいどうし…」



「どうしたもこうしたもないよっ!!花子ちゃんが僕が友達作るの初めてだって知ってるよねっ!?」




話を逸らすというかわざわざ来てくれたのだから何か御用なのかと尋ねると
ライトさんはその綺麗は頬を膨らませて不機嫌そうにずいっと私にあるものを突き出した。




「…………あっ、」



「もうもうもう…ルキは彼氏だからまだ許せるけどさ……僕を忘れるなんてひどいよ花子ちゃん」



「………なぁ、花子。なんでライトここまでお前に懐いてる訳?」



突き出されたのは板チョコと緑のリボン。
その先の不機嫌な彼の表情に不謹慎だけど思わず顔が緩んでしまう。
ああ、そうだ……今回、ライトさんは生まれて初めて“友チョコ”を貰えると期待してくれていたんだ。




「ごめんなさい…私からのチョコなんていらないとばかり」



「キッチン通りかかったらチョコの香りと花子ちゃんを見かけたからさ〜僕のもあるよねーってこっそり覗いたらなさそうだったんだもん!!急いで材料買ってきちゃったよ!!」




ぶーぶーと文句を言いながらもその表情は本気で怒っていると言う訳ではないらしい。
ううん、ライトさんもなんだか私の性格を分かってくださっているようで申し訳ないようなありがたいような…
差し出されたチョコを受け取り「友チョコ」ならば任せてほしいと更に顔を緩めればライトさんはとても嬉しそうに一緒に笑ってくれた。




別に友チョコと言っても女の人から渡されるチョコレートに変わりはないのだからそこまで喜ばなくてもとは思うが…
彼はどうやらこういう初めての友情が全て新鮮に感じるようだ。




「僕に食べられたいビッチちゃんはたくさんいるけど親友は花子ちゃんだけなんだよ?」



「ふふ…そうでした」



彼の分のチョコも一緒に作り始めながら
シュウさんとライトさんに見守られつつ言葉を交わす。
そうだ……彼にとっては私が初めての友達で、唯一の親友なんだから
友チョコが欲しいなら私しかいないのか……それなのに私は「私なんかのチョコなんて」とかってに自己完結して彼を少しがっかりさせてしまって。




「………あ、」



「花子ちゃん?」



「………、」



頭の中で少し反省をしていればふいに気付いた小さな…けれど大事な事。
思わず声を漏らせばライトさんはきょとんとコチラを覗き込んだけれどシュウさんは私が何に気付いたのかわかったようで小さく笑うだけ。




信じる……、
これはもしかして自分が思っている以上に大変な事なのかもしれない。




只信じるだけじゃなくて、信じられた方はその気持ちを守ってあげる義務がある。
信じてくれているのならばその気持ちに応えなければならない…
でなければそれは場合によれば酷い裏切り行為になりかねない。




「ライトさん、ごめんなさい。私……親友としてもっとしかりしたいです。」



「?ん?う、うん…?」



「ふはっ……おいライト。お前とんでもない女、親友にしちまったな。」




ぐっとゴムベラを強く握って今回の事を謝罪する。
本人はそこまで気にしなくともと言った感じだけれどそうはいかない。
ライトさんは今回、私を「信じて」今日まで何も言ってこなかったのだ。
けれど私は自分の自信の無さから勝手に自己完結をして危うくバレンタイン当日友チョコを楽しみしていた彼を落胆させるところだった。




「自信………持ちたい」




かちゃかちゃとチョコを湯せんで溶かしながら呟いた切実な願い
信じるという事は相手を文字通り信頼しているという証でもあると同時に
信じてもらったからにはそれに応える責任だって出てきてしまう。
…だから誰かに軽く信じてくれなんて言えるはずがない。




「(ルキさん……)」




彼が私に言ってくれた「信じてくれ」の言葉、
もし彼も私と同じ考えなのだとしたら…彼は私の「信頼」に応える覚悟でそう言ってくれたのだろう。




「信じなきゃ、」




信頼を預けるのも、信頼を受け取るのも
酷く覚悟と勇気が必要で…
それを踏まえて私に囁いてくれた彼に応えなければと




小さな声だけれど、その色は自身でも驚くほど酷く強い気がした。



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