87:映る夜空


もうその時俺は全てがどうでもよくて…
全部全部諦めていた




「ねぇねぇお兄ちゃんは眠り姫様なの?」




いつものように眠ってこのまま息が止まらないかなと
そんな事を考えながら道端で眠っていれば可愛らしい声が俺に話しかけて来た。
面倒に思ったがゆったりと目を開いたら、そこには瞳に沢山の星屑と夜空を纏った大きな瞳が二つ




嗚呼、綺麗だな…




そんな素直な感情を久々に抱く事が出来たんだ。









「自信、持ちたい……」



花子の言葉がキッチンに響き渡る。
本人は小さく呟いたつもりなのだろうが、その声は控えめながらも酷く強くハッキリとしていた。




「…………花子ちゃん、」




途中乱入してきた空気の読めない弟がそんな彼女の背中をじっと見つめる。
ライト…お前に花子の背中はどういう風に映っているだろう。



じっと食い入るように彼女を見つめるその瞳は普段の快楽や変態的なものではなくて
何かを純粋に焦がれる子供のようで…そんな弟の余り見たことのないその瞳に思わず苦笑してしまった。




「?シュウ…一体何?」



「んー……いや、別に。ていうかライト、お前いつの間になんでここまで花子に懐いてんだよ。トモダチ?になったのは知ってたけど…」




ライトが俺の笑い声に反応して怪訝な表情でコチラを見つめるけれどそこは少しごまかして話を変える。
するとライトは少しばかり得意げに笑ってもう一度花子へと視線を向けた。




「シュウのあの一件の時に僕があの人の間まで一緒に連れて行ったんだ。…その時にね?んふっ♪」



「その顔最高に気持ち悪い」



「あ、酷い!!興奮する!!」



にやにやとだらしない表情で言葉を続けようとするライトに限界を迎えて思わず吐いてしまったセリフに返ってきた言葉は通常運転だったがその表情はずっと柔らかいまま。
…兄弟のこういう顔を目の当たりにするのは正直……うん、複雑な心境だ。
しかしライトはその柔らかい表情そのままで彼女に懐いている理由を吐露する。




「花子ちゃん、僕の事頼りないって思った事ないって……頼もしい親友って言ってくれたんだよ。」



「ふーん………」




彼の嬉しそうと言うか…どこか救われたような表情と声色に人間の兄のような微笑みを作ってしまい思わずそっけない言葉を紡いでしまう。
嗚呼、もしかしてライトには彼女の背中は……、




「なぁライト…夜空が見えるか?」



「……………、さぁね。」




二人で花子の背中を見つめて静かに一言ずつ言葉を交わし小さく笑う。
ライトが花子の背中に夜空を見たのなら、ムカツクけれどそれはルキの影響だろう。
あいつが花子をいつだって優しく不器用に包み込むから彼女もすっかり夜空色だ。






「(でも俺は忘れない)」




じっと弟には夜空に見えるであろうその華奢な背中を見つめる。
彼女の夜空はルキに影響されたものが全てではない…





「なぁそうだろ?花子。」





彼女を壊す前からその瞳の中に存在した星屑と夜空。
なぁ花子……お前は自覚はないだろうけれどもしかしたら夜空のようなアイツを惹き付けたのは…




「で……できました」



先程とは違ってやっぱり少しばかり弱気な声に戻ってしまった彼女から調理終了の合図。
やっぱり信じるってのはいきなりはハードルは高いようで、それでも必死にあの馬鹿共を信じようとしている花子が可愛くて仕方がない。




「ん、お疲れ。じゃぁ後は俺の部屋で寝よ?」



「え、」



「だぁぁめ!!花子ちゃんはルキの彼女なんだからねっシュウにはあげないよ!!!」



「…………いつからライトは小姑になったんだよ。」




ひょいっと彼女の後ろから本日の成果を除き込めば
ピンク、オレンジ、スカイブルー、グリーン、イエロー…そしてブラックのリボンに包まれた可愛らしい贈り物が六つ。
………やっぱ実際に目にするとムカツクからイエローとブラックの箱は俺が掻っ攫っていきたいけれどそこは我慢だ。



そんな我慢した俺にせめてものご褒美と彼女に添い寝のお誘いをしてみれば
すげぇ目くじら立てたライトが俺から花子をぐいっと引きはがしてとんでもなく警戒する。
…………なぁお前普通ならここで「僕も混ぜてよ!んふっ♪」とか言うべきだろどんだけ懐いてるんだキモチワル。




まぁでも……、




「はぁ、ライトが煩いから萎えた。客室…あるからそこ使いなよ。時間になったら起こしてやる。」



「…………まさかシュウが他人を起こすとかどうしよう花子ちゃん、明日バレンタインだけど世界が滅ぶよ。」



「おいライト、聞こえてるぞー」





わざとらしく大きなため息をついてキッチンから出て行こうとすればライトの最高に失礼な言葉が聞こえたので少しばかり低い声で唸った。
けれどライトと花子からは見えないけれど俺の表情は酷く穏やかだ。





「嗚呼、夜空が前より綺麗だ…」



部屋へと戻る途中、月の光が差し込んだ窓を眺めて独り
静かに呟き、満足げに微笑む。



綺麗に映るのはこの夜空か彼女かそれともムカツクあいつか…
もしかしたら胸の中の罪が救われた俺の瞳だからそう映るのか…




「くぁ、………あー、眠い」




大きく口を開けてあくびをしてもう一度、笑う。





さぁ明日、花子が必死に信じようと頑張ったバレンタイン
どうなるか見ものだな…なんて、







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