89:バレンタインの裏側


「花子に…前の、チョコのお礼……したいね、」



「それな」



「それね」



「………はぁ」






それは2月某日。
花子ちゃんが珍しくいないある日、ぽつりと呟いたアズサ君のその一言に
俺とユーマ君が間髪入れずに真顔で答えれば肝心のルキ君は小さくため息をつくばかり。



前のバレンタインデー。
俺達は自分に全く自信のない花子ちゃんの背中を押すだけのつもりが
結果、俺達にも日頃の感謝という事で震える手で彼女から可愛いチョコを貰ってしまったのだ。



あの時は本当にうれしくて舞い上がっちゃったけれど
そう言えばそのお礼、してなかったなぁってずっと後悔してた。
ホワイトデーとかもなんだかんだで忙しかったのでそんな機会も逃してしまって今に至る。




なので末っ子であるアズサ君のその言葉に便乗しないわけがないのだ。




「ちょっとちょっとルキ君何でため息な訳?将来のお姉ちゃんにチョコのお礼上げるのも駄目な訳?」



「おいルキ、お前どんだけ独占欲強ぇんだよちっとは花子の事信じやがれ」



「いや、そういう意味ではなく」



「じゃぁルキ…も、一緒に花子に……お礼、しよ?」




肝心の彼女の最愛であるルキ君がため息ついちゃって
少しばかりむっとした表情で彼にみんなで詰め寄る。
ルキ君ってホント相変わらず花子ちゃんに対して過保護すぎるよねぇ
花子ちゃんが俺達にプレゼント貰うだけでこっちになびく子じゃないってわかってるくせにそれでも心配って顔だよホントルキ君は花子ちゃんの恋人って言うかこういうときはお父さんに見える。



ぶーぶーとユーマ君と二人で文句を並べていれば
アズサ君がその間に割って入ってルキ君の腕のぐいぐいと思いっきりひっぱってニッコリと笑う。
それにつられて俺もユーマ君も顔を見合わせてニッと悪い表情で笑うとルキ君がもう一度ため息をつくけれど
それはさっきのものじゃなくてあきらめのため息。




そうだよルキ君、
俺達こうなっちゃったら止めらんないからね。








「で、花子に何をプレゼントすると言うんだ?」




「それな」



「それね」



「……それ、」




近くのデパートに来てみたはいいけれど俺達はその入り口で一時停止。
全くもって動こうとしない俺達にしびれを切らせたルキ君が言葉を紡いだけれど
再び俺とユーマ君、あと今度はアズサ君も加わってその言葉に頼りにならなさすぎる相槌をうった。




分からない。
花子ちゃんが欲しいものが分からない。




「ああああああこんなんだったら花子ちゃんの頭の中読んどけばよかった!!なんだろ!!花子ちゃんがもらってうれしいものがルキ君以外思い浮かばない!!」



「あ、あああああれじゃね?あのなんかもうアレだよ商品券渡したらハズレねぇよマジうんそうしようぜ」



「でも……それ、花子……喜ぶ…かなぁ。」



「「そーれーなぁぁぁぁ」」




膝からその場に崩れ落ちて嘆けばユーマ君も震え声で案を出すけれど
それをアズサ君が一刀両断してしまう。
折角前のバレンタインの時に嬉しすぎるチョコを貰ったのにその想いに応えられる贈り物が見当つかない!!
うんうんと三人で唸っていればルキ君の本日三度目のため息がそのフロアに響き渡った。




「チョコ…でいいんじゃないか?」



「え?」



「お前たちは花子から貰った友チョコが嬉しかったんだろう?」



「おうルキ。友チョコの友を強調すんのやめろ大人げねぇぞ」



「それにもうすぐバレンタインだ。…以前の俺と同じように逆チョコで花子への感謝の気持ちを込めればいい。」



「ルキ……ユーマの言葉……流すんだね…」



俺達の解せぬと言ったツッコミを華麗にスルーしながら話を進めていくルキ君に三人してジト目。
あのさぁ…ルキ君が花子ちゃんの最愛ってのはもう痛いくらいわかってるし、俺達もそんな二人を応援してるんだからさ
そんな俺達にもそうやってけん制しちゃうのすっごく大人げないと思うよルキ君。




けれど最後のルキ君の言葉に、俺達は大きく目を見開くことになる。




「花子は物より想いに貧欲だから」



「…………」




その言葉は誰よりも彼女の傍にいたから出るであろう言葉。
花子ちゃんは自分が嫌いなくせして誰かに嫌われるのを酷く怖がってる。
だからいつだって何か酷い事が起きたらそのとげの矛先を内側へもっていってしまって「自分なんかいなければ」って呪い続けてきた。
きっとそんな彼女が何よりも欲しがっているのは…




「うん……花子へのすき……チョコにいっぱい詰めよう…」



「そうだね。花子ちゃんにアイドルの大好きを捧げちゃおうっかな!!」



「最強の農夫候補の俺のすきもくれてやるか…くくっ」



「おいお前達、あくまでも好きだけだからな。それ以上は許さないぞ。」




皆で顔を合わせてニッコリと笑う。
自分の事をなかなか好きになれない彼女に「すき」を贈ろう。
前に比べたら全然マシになったけれどそれでもまだ危うい彼女に…



「はいはーい。じゃぁそうと決まれば花子ちゃんにすっごーくあまーい、かわいーチョコつくってあーげよっ!!」



「………野菜の形のチョコって作れっかな。あとシュガーちゃんを限界までぶちこんで…」



「ええと、とうがらしと……タバスコ……あと、それから…ふふっ……まっかなチョコだったら…きっと可愛い…」



「……………くそう。こうなると思ったが……弟達の暴走を止めながら花子へのチョコレート…作れるだろうか。」




三者三様、花子ちゃんへのチョコの完成図を頭に浮かべてゴキゲンに笑っていれば
ルキ君が何か言った気がしなくもないけれどそんなの聞いてられない。
だってチョコを上げるっってことはどうせなら前花子ちゃんがくれたみたいにバレンタインに合わせて作ってあげたいんだもん。




「あ……と、いうことは…花子……13日……また、チョコ…作りに………」



「………あ」



「やべぇ」



「………」



可愛いバレンタインコーナーでイケメン四兄弟がはしゃいでいれば
勘の良すぎるアズサ君から不穏な台詞が出て俺達はビシリと体を固めてしまう。





後日、花子ちゃんを追い返す悪役を担う大じゃんけん大会が繰り広げられたのはまた別の話。









(「うお…っ!うおおおおお!!アズ、アズサぁぁぁ後出し!!!後出ししてんじゃねぇぇぇ!!!!」)



(「だって……みんなのタイミングが……はやくて…」)



(「後コウ!!!おまっ!!目ェ!!!!目ぇ使ったろ!!!ずりーいんだよクソ野郎!!!」)



(「花子ちゃんを追い出す役とか死んでも嫌だからねーっ!!」)



(「てめっふざけんな!!!あとル」)



(「花子を傷付ける役を担わないためになら俺はどんな手段でも使うし裏切りも辞さない」)



(「「(いやだからどんだけ過保護なんだよ……)」」)



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