1:血塗れうさぎに恋心


ザァザァとすごい勢いで雨が降る。
それに打たれっぱなしの俺の身体は酷く重い。


出来ることならばこのまま凍死でもして死んでしまいたい。
何もかもめんどくさくなっていた俺は遂に息をすると言う生命維持さえ面倒になっていたようだ。



「………は?」



不意に叩き付ける雨が遮られる。
不思議に思って上を見れば俺を覆っていた黄色い傘。
目の前を見ればじっと俺を見つめる覚えのない女がひとり。



「…あんた、何してんの?」



「風邪、ひいてしまうと…思って。」



少しだけ顔が赤いその女は震える声でそんな台詞を紡いだ。
ああなんだ…いつもの俺の顔とか金目当ての輩か。
大きく息を吐いて彼女の隣を通り抜けようとする。
なんだよ、俺と相合傘でもしたい訳?そんな面倒な事、誰がするか。



そんな事を考えていれば小さな手が俺の腕を捕えて強制的にその傘を持たせてきた。
もう俺の身体には雨は降らない。
代わりにその女が瞬時にずぶぬれになってしまった。



けれどソイツは雨に濡れなくなった俺を見て満足そうに笑う。
本当に幸せそうに、笑った。



「これで大丈夫ですね!ではっ!」



「はぁ?ちょ、おま…っ、」



とんでもなくびしょびしょなのにすごくご機嫌にスキップを踏んで俺の前から立ち去ろうとしたそいつを呼び止めようとすればグラリと揺れる視界。


ああもう、確かに息をするの面倒って思ったけれどこのタイミングじゃなくてもいいだろ。
けれど無情にも俺の意識は急速に落ちていってしまう。
地面に倒れてしまう時の衝撃がなかったのが不思議だが。




「………ん?」



「ああ!め、目醒ました!!綺麗!!」


暫くして目を醒ませば先程の女がじっと俺の顔を覗き込んでいた。
そして訳の分かんない言葉を紡いでぶわっと涙を浮かべる。
あたりを見渡せばどうやらここは俺の部屋のようで…なんでコイツがいるんだとかどうやって俺はここまでたどり着いたのかとか
色々考えたかったが重く、痛い頭じゃそれは叶わない。



「ていうか、アンタ…着替えなくていいの?」



「私の事なんかどうでもいいですよ貴方様が無事ならば私はそれで…うぅ…」



柄にもなく未だにずぶ濡れである彼女の心配をしてしまった。
…きっと気まぐれだ。
自分の体を顧みず俺に傘を差し出したコイツの行動に少し動揺しているだけ。



「…何であんなことをした。」



「はい?」



「あんた、俺に傘差し出して恩を売りたかったの?…べつに暇だからこう言う相手ならしてやってもいいけれど。」



ベッドからむくりと起き上がって悪い笑みを浮かべ、その濡れた唇に指を這わせる。
すると急上昇する体温に俺は心の中で嘲笑う。
ホラ、お前も他の女と変わらない。ただ、俺が欲しいだけだろ?



「どぉせあんたも俺の身体目当てだろう…?ホラ、シてやるから…」



その小さな唇を塞いでやろうとしたけれど急激に体が重くなってしまいそのまま倒れ込む。
くそ…意外に重症なのか。
けれど俺の身体は目の前の小さなその女に抱き締められて優しく背中を撫でられる。



そしてそっと再びベッドへと寝かされてそのまま彼女は傍に置いてあった真っ赤な林檎とナイフを両手に持った。
そしてそのままニッコリと笑う。



「別に私は貴方様の身体とかお金とか見てませんよ。」



「…嘘だね。お前だって地位や金が欲しいから俺に抱かれたいんだろう?俺が好きな訳じゃない。」




いつだって群がる雌はそうだった。
逆巻シュウって言うお飾りが欲しいだけ。
逆巻家当主候補の俺に取り入って甘い汁を啜りたいだけだ。それ以外の女なんて…俺は見たことがない。



けれど目の前の女は何かを決意したかのように心なしかキリっとした表情に変わってこちらを見つめる。
…なんだよ一体。



「で、では私は貴方様だけの特別を差し上げます!!」


「…はぁ?」



…あれ、俺これで今日何度目の「は?」だよ。
そんな事をツッコみながら何をするのかと見ていれば片手に持っていた林檎をぎこちなさすぎる動きでナイフで切っていく。
ちょっとまてちょっとまてちょっとまて。
そ、その持ち方…あってるのか?見てるだけでハラハラしてしまう。




「いた…っ、ぐぬぬ…ひぃん!…うぅ」



小さな断末魔の連続の果てに出来たのは
血塗れの不格好すぎるうさぎの形のリンゴ。
勿論彼女の手はとんでもなく傷だらけである。



「が、頑張った…私、頑張った…ぐすっ。」



「…………ぶはっ」



相当痛かったのか涙を溜めてブルブルと体を震わせながら俺にその林檎を差し出してきたから
思わず吹き出してしまった。
…これがお前の言う特別かよ。



くだらなくて幼くて…でも何だか毒気を抜かれてしまって
クツクツと笑いを堪えながら女渾身のうさぎ林檎を口にする。
じわりと口に広がる血は何とも甘くて張り詰めた神経を和らげる安定剤のようだ。



「…ん。トクベツな味、だな。」



呆れたように笑えばまたぶわっと彼女の瞳に涙が溜まるが顔はとんでもなく笑顔だからきっとこれは嬉し泣きなんだろう。
なんというか…感情表現豊かすぎる。



「お礼、してやるよ…、ん」



ちゅっと彼女の頬に唇を落とせば5秒ほど固まっていたが次の瞬間人間では上げてはいけない音をたてて
そのまま地面と倒れ込んでゴロゴロと床を転げまわってしまう。



「んあああああ!あ、もう…しゅ、しゅき…!」



「………なぁ、もしかしなくてもアンタ、俺の事好きすぎない?」




頬にキスした位で部屋中を転げまわって呂律の回らなくなった女に小さく笑ってしまう。
とりあえずコイツが落ち着いたら言いたいことを言おう。
特別をくれたお前に、こんな事を言えば呼吸が止まるかもしれないけれど
もう俺は決めた。



ちらりと彼女のバックから飛び出した社員証をみて名前を確認する。
この女…花子が今日から俺の最愛だ。



不器用で優しい特別をくれたお前に俺も特別を捧げたいって
この短い時間で思ってしまったんだから、覚悟をしてくれ。



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