12:裏目


花子に迫ると意気込んだのはいいものの
ぶっちゃけると今まで何不自由なく女の方からすりすりと寄ってきてたので
今一つ迫り方が分からない。



「…まぁ何とかなるだろ。」



小さくぼやいて、取りあえず花子の口癖である“シュウさん”呼びをやめさせるところから始めようと思う。
何事も形からだ。
恋人に対して敬語でさん付けとか…うん、淋しい。



「シュウさん、こんばんはです〜。」



「………」



相変わらずひょっこりと遊びに来た花子は俺にいつもの様に挨拶するけれど
今回俺は無視を決め込んでいる。
反応しない。花子がちゃんと“シュウ”って俺の事呼び捨てにしてくれるまで絶対反応してやらない。



「しゅ、シュウさん?」


「…………」


「…シュウさん」


「…………」


「しゅ、しゅうしゃ…ぐすっ」


「………。」



くっ…そろそろ抱き締めてやりたい。
けどまだだ…今ここで花子を抱き締めてしまえばコイツ調子に乗ってずっとさん付けたまま俺の事呼ぶし。
そんなの嫌だし………や、でも花子今すごい涙浮かべてブルブルしてるけど
いやいやいや俺無気力系ドSで通ってるからコレ位…コレ位。
おい、花子そんな目でこっち見るな今すぐ両腕がお前の身体抱き締めそうだよ馬鹿。


そんな葛藤をしていれば花子は下を向いてしまい、たまたま通りがかったスバルの首根っこを思いっきり引っ張ったから
末っ子の「ぐえっ」って断末魔が屋敷に響いた。
…なぁ、花子。俺の弟雑に扱い過ぎなんじゃないの?



「スバル君、ここから一番近い断崖絶壁はどこですか。」



「まてまてまてまて悪かった。無視してゴメンって。飛び降り自殺とか早まるな馬鹿。」



花子の物騒すぎる言葉に焦って先程まで抱き締められなかった分ぎゅうぎゅうとその震える体を抱き締めれば
「嫌われたかと思った」と叫び散らしながら大粒の涙を零しまくる花子に
第一ラウンドは俺が盛大に白旗を上げてしまう事となった。
くそ…次。次はきっと大丈夫なはずだ。
策は何重にもかけておかないとな。



後日…。





「シュウさんシュウさん。スバル君が呼んでますよ。」



「んー…今俺は眠い。後にして。」



…それは嘘。
や、眠い事は眠いのだが彼女と一緒の時間はなるべく寝ないようにしているから
こうしてベッドに突っ伏していても実ははっきりと意識は明瞭だ。
一応社会人である花子の事だ、一度自身に頼まれた用事は断れないだろう。
なので、それをついて絶対に普段自分から近付いてこない花子を積極的にさせてみようと思う。



「どうしても俺に起きてもらいたいなら花子からキスし…」



「わかりました!スバル君にはシュウさんが眠り姫になってるから100時間後にするように伝えておきますねっ!!」



「は?」




いやいやいや、それはいくらなんでも寝すぎだから。そしてどうせなら姫じゃなくて王子にしてくんない?
いや、そうじゃない。
なんだよ。こういうの、何で女のお前がフラグバキバキに折る訳?
俺、キスまで言ったけど?普通最後まで聞くだろ。
なんだよ、花子はそこまで俺の安眠を優先してしまうのか?



花子はそれから固まってしまっている俺に風邪をひいては大変だからと
優しくシーツをかけ直してくれて、いい夢が見れるようにとどこからともなくでかいクマのぬいぐるみをそっと俺の近くにおいて
にっこり笑顔で手を振ってパタリと部屋の扉を閉めてしまった。



「…………花子の馬鹿。」



1人ぽつんと置かれた部屋で、すげぇ淋しくなって
傍に置かれていたクマのぬいぐるみを抱き締めたらカナトの香りがしたので思いっきり壁に叩き付けた。
…俺の許可なしに他の男の部屋に入った挙句カナトお気に入りのぬいぐるみを俺の部屋に放置するな。
次の日俺が絶対すごい目でカナトに見られるだろ馬鹿。



残る手段は一つだ。
これで、なんとか…花子との距離を縮めたい。



「おいスバル。お前が実は可愛いモノ好きファンシー末っ子だと学校中にばらされたくなかったら俺の言う事を聞け。」



「……!……っっ!!」



別の日、スバルにそう凄んでみれば顔を真っ赤にしたスバルがひたすら首を縦に振りまくったからこれで準備は整った。
今度こそ…今度こそ覚悟しとけ花子。




最後の作戦はこうだ。
ユイや他の兄弟に渡される俺宛のラブレターやプレゼントを全部まとめてスバルが花子に渡して俺の所へ持ってこさせるというものだ。
きっと俺の事が大好きすぎる花子の事だ。嫉妬で激怒してそのまま俺に抱き付いて「シュウさんは私のなのに!」なんて言ってくれるに違いない。
そうしたら、うん。多分嬉しい。



けれど現実ってやっぱり自分の思い通りにいくものではないみたいで、
俺は頭を抱えたくなってしまった。




「………。」



「…べつにいいのです。シュウさんの特別が私じゃなくたって…だってシュウさん素敵だし天使だし妖精だし仕方ないです。シュウさんには沢山特別がいてもおかしくないしその中に入れているだけでも光栄なのです…べつに…べつに悲しくないもん。だって私の特別はシュウさんだけだもん。それでいいもん…」




…屋敷中にキノコが生えそうな勢いだし
落ち込み方がハンパなさ過ぎて加担したスバルもオロオロして半泣きじゃないか。
そして俺もすげぇ罪悪感まみれだよ馬鹿。もうちょっと軽く落ち込め軽く。



というかここ数日でわかったのは花子が俺の事好きすぎて
今までの方法じゃ全部裏目に出てしまうって事だ。
そしてここまで愛されてるのに花子の気持ち弄ぶような事して俺って本当に何というか…



「………サイテー。」



ポツリと自分自身に呟いた言葉。
けれどその三文字は最愛にとんでもない方向で取られてしまった。




「………そう、ですね。こんな事で泣いてしまう私なんてホントめんどくさくてサイテーな女ですね…えへへ。」



「は?お、おい花子ちょ…まっ」




問答無用でパタリと閉じられてしまった玄関の扉。
呆然と立ち尽くすのは俺と末っ子だけだ。



は?え、ちょっと待て。
え?少し混乱しすぎて頭が状況把握できない。



ええと、これってもしかしなくても…




「………修羅場か?自分の悪行のツケが回って来たのか?」



「煩い黙れスバル。」




末っ子のデリカシーなさすぎる発言に間髪入れずに反論したけれど
もはやそれまでだ。
もう俺のあまたの中は真っ白だし、どうすればいいかわかんないし
只々呆然とするばかりである。



………え?俺、花子に嫌われた?



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