14:二つの意味と、痕


ええと、こんなに全力疾走したのっていつ振りだろうか。
辿り着いたのは花子と初めてであった道端。
必死に走って走って…走ってようやく捕えたその小さな手に安堵してぜぇぜぇと息を整える。



「シュウさん…?ど、どうし…」



「あーもう!めんどくさい!!」


「!?」



戸惑いの声をあげる花子は困ったように笑うからすげぇイラついて
満月の時以上に声を荒げればビクリと揺れる体を思いっきり掻き抱く。
すると花子は「嬉しい」やら「光栄」って言葉を並べるけれど、いずれも全然そうじゃないって言葉の裏が言ってる。
だって、今までのモノと全然違うんだ。
ギュッと抱き締める腕に力を込めるとギリリと歯を噛み締める音が聞こえる。


瞬間強く噛み締めているであろうその唇を奪ってやれば
とんでもなく悲しい表情の彼女が視界いっぱいに広がり
つられて俺の顔も酷く歪んでしまう。



「花子、言い訳させて。」



「え?あの…え?」



静かにそう言えば意味が分からないと言う感じの彼女に
もう一度落ち着けと言わんばかりにキスをして
先月のネタ晴らしと彼女の誤解を説明してやる。
俺の盛大な言い訳の間に彼女の表情は困惑からじわりと涙を浮かべたものへと変わって行く。
…花子の泣き顔とか正直胸が痛いけどあの張り付いた笑顔よりかはマシだ。



「シュウさん…シュウさん…ごめ、ごめんなさい…」



「違うだろ…謝るのは俺の方、」



「違うんです。」



ポロポロと涙を零す彼女の言葉を否定しようとすれば遮られて
腕の中で震えるこの身体を抱き締めたまま次の言葉を待った。



「あの日…雨の日、シュウさんにトクベツをあげた日…あの日から私、自惚れてたんです。少しはシュウさんの特別になれたのかなって…でも違うって、思い知らされてみたいで…なんだか恥ずかしくて…悲しくて」



「花子…、」



そんなの、お前全然表に出してなかったじゃないか。
彼女の心のうちはまだ続く。
俺はただひたすらその想いに耳を傾けるしかできない。



「大好きなシュウさんに好かれてるって嬉しかった…でも、どうしたらいいかわかんなくて…それでも幸せで…けれどそれも違ったんだって思うと…もう…ダメでした、大人のクセに割り切ることが出来なくて」



「………馬鹿。」



俺の些細な言葉がこんなにも彼女を傷付けてるとは思ってなかった。
なんだよ…そんな可愛い事考えてたとか俺、知らない。
ていうか割り切るとか何だ。
そんなの大人だからとかそんなんじゃない。
もう一度、そっと彼女の唇を塞いで零れていた涙を掬い上げてじっと揺れる瞳を見つめる。



「花子、自惚れろ。俺はあんただけを愛してるしあんた以外にトクベツなんてくれてやるつもりはない。」



「しゅ…、」



「あと割り切るとかするな。怒れ。花子に我慢されるの…ヤダ。」



不機嫌に見つめればそっと遠慮がちに頬に触れてくる彼女の右手。
瞬間、ふわりと力が抜ける。
あれ…なんだろう。いつだって花子が俺に触れると暖かくて胸も満たされて安心してしまう。



「花子…」



「シュウさん…




…………ごめんなさいもう限界です。」




「は?ちょ、おま…っ!………くそう。」




俺の腕の中で急激にぼふんと顔を赤くした花子はそのまま目を回して失神してしまった。
…そうだった。今日は花子を強く抱き締めたしキスも一気にしまくったし愛の言葉だって囁いてしまった。
そりゃ通常運転に戻った花子が耐えれるはずのない刺激ばかりだ。



「はぁ………もう、めんどくさい。」



未だにぐるぐると目を回してる最愛の頬に気付かれないようにそっと唇を落として苦笑してしまう。
さて、これからどうしてくれよう。
彼女を傷付けて悲しませてしまった詫びもしたいし、一か月間俺を淋しがらせて不安にさせた罰も受けてもらいたい。



「花子………だいすき。」



熱くなり過ぎてるその体を姫君の様に抱え上げて王子の真似事なんてしてみれば込み上げてくる彼女への愛おしさ。
ちゅっと音を立てて少しばかり強く首筋に吸い付いて、「ごめんな」と「自惚れろ」と二つの意味を残して付けた痕。
これを見つけたときの花子の反応を予想するだけで顔が緩んで仕方がない。




ごめんな。
もう回りくどいことしない。
真っ直ぐあんたに好きって言うよ。





(「んああああああ!?こ、これ!!これ!!!あああああああ!!!!」)



(「ちょ、おまっ!ふざ…ふざけんな…っいぃぃってぇぇぇ!!!!」)



(「………スバル、ごめん。」)



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