20:紅い狂気


今夜は満月だ。
なのにどうしてだか俺はよく分からないけれどレイジのティータイムに付き合わされている。



「何のつもりだレイジ。……普段は視線すら合わせないくせに。」



「いいえ、今宵はとても気分がいいので。…ふふ。」




ひとつ、洒落たティーカップを口へと運び、本当にご機嫌といった様子なコイツに長い溜息。
全く…何の風の吹き回しだよ。
俺はこんな所で油うってないで今日一日姿を見ない花子を探しに行きたいって言うのに。



ぐるぐると彼女の、花子の行きそうな場所を頭で巡らせるけれど
それは全て俺関連の場所で目の前のレイジに構わず小さく苦笑しまう。
全く…俺の彼女は本当に俺の事が大好きだ。




「…随分と嬉しそうですね。何年ぶりだろう、貴方のそういった笑顔は。」



「……別にレイジには関係ないだろう。」



瞳を細めてそう言う彼に思わず表情を引き締めてふいと顔を背ける。
するとレイジはそんな俺を見てクスクスと小さく笑う。



「あの人間…花子さんと言いましたっけ?今夜は姿が見えませんねぇ。嗚呼、あとスバルもですか。」



「…………おいレイジ。お前何か知ってるな。」



ピクリと眉を動かして目の前の弟を鋭い視線で射抜けば「怖い怖い」と笑われる。
そしてチラリと見えたのはレイジの後ろでカタカタと震えているユイの姿だった。
…嫌な予感がする。



「おいユイ。あんたも何か知ってるのか。花子はどこだ。」



「知らない…知らない。私は悪くない。わた、し…わるくない。」




壊れた玩具の様に「知らない」と「自分は悪くない」と繰り返すユイに
どうやらレイジが彼女を使って花子に何かしたのだと確信する。
ざわりと自身の中の何かが逆立つのが分かった。



「何をした。花子に何をしたんだ。花子をどこへやった。」



「大したことはしておりません。そうですねぇ…少し体の力を抜いて頂いただけです。ねぇユイさん。」



そっとレイジが後ろで怯えるように震えるユイの頭を撫でると
彼女の体はビクリと大袈裟に揺れる。
体の力を抜く…?まさかコイツ。



「察しがいい貴方ならお分かりでしょう。彼女が厄介なのはあの強い力だけですよ。」



「…………スバルはどうした。」



コロコロと空になった小瓶を転がす様を見つめて小さく唸る。
古い記憶を辿れば確かその中には強い筋肉弛緩剤が入っていたはずだ。
空になっていると言う事は…全て花子に飲ませたのか?


そして先程レイジが呟いた末っ子の行方を尋ねる。
どうかこの予感だけは外れてくれよ。


けれどそんな俺の願いは目の前の真っ赤な瞳の悪魔によって一蹴されてしまう。




「さぁ…存じ上げません。…が、そうですねぇ、何処かで全く動かなくなった人間でも貪っているのでは?なにせ今宵は満月ですから。」



「…っクソ!」



ガタリと勢いよく立ち上がり全力でその場を走り去った。
背後からレイジのとても嬉しそうな、愉快な笑い声が聞こえたが今は奴に報復してる場合じゃない。
早く、早く見つけなければ手遅れになる。



きっと体の動かない花子と満月の渇きで理性がほとんどないスバルを一緒に何処かへ閉じ込めてるに違いない。
くそ…油断してた。
そうだ、いつだって俺が何か大事なものを手に入れれば全て奪い去って来たんだレイジは。
なんだよ、花子がやって来た初日には警戒してたじゃないかどうして忘れてたんだ俺は!




急いでがむしゃらに走って様々な所を周る。
地下牢、拷問部屋、スバルの部屋。
心当たりは全て見たけれどどこにもいやしない。




「くそっ!花子……花子、どこだ!!」



いつもなら彼女の名前を呼べば瞬時に「なんですかシュウしゃん!」と寄ってくるはずの花子が今はいない。
くそ、クソ…くそ!!
こんな事になるならいくら本人が拒否しても俺から離れたところに置くんじゃなかった。
ずっと傍に置いておくべきだった。



様々な後悔が押し寄せて息が乱れる。
こんな動揺、久々だ。




走って、走って、走り抜けて
ようやく辿り着いたのは屋敷から少し離れた場所のとある小屋だった。
少し離れた場所からも咽返ってくるこの覚えのある血の香りに全身の血の気が引く感覚を覚える。




「花子!」



大きな音を立てて扉を開ければそこには信じられない光景が広がっていた。



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