21:さよなら…


咽返る血の香り
広がる赤
漏れる嗚咽
動かない体




ああもう、気が狂いそうだ。





「う…ひぅ…くそ…くそ…っ!」



「………、」




「スバル…」




扉を開ければ震えるスバルの背中が見えた。
ひっきりなしに聞こえるのは彼のモノだ。
そしてそんなスバルに抱かれているのは身体中を真っ赤に染めて動かなくなっている花子の体…。



「スバル、平気か?」



「シュ、シュウ…俺…俺…っ!う、…くっ、」



「平気だ、花子の息はある。」



冷静に、極力冷静を装って酷く動揺しているスバルを宥め、安心させるように頭を二三度撫でてやる。
仕方ない。これはスバルも辛いだろう…
何だかんだと言って腰はバキバキに折られるがスバルに怯えもせず、ずっと構ってくれていた花子を満月の所為とはいえ手にかけてしまったのだ
動揺しない訳がない。



そっとピクリとも動かない最愛をスバルの腕から抱き上げると
不安げに見つめる濡れた赤い瞳に「大丈夫だ、花子は死なない」と冷静に伝えてやる。
その言葉に安堵したのか精神的に酷く動揺してしまって疲れたのかスバルはその場で意識を手放した。



それを見届けて、俺はようやく俺の感情を露わにできる。




「花子、花子…花子…う、ぁ…っ、」



その場に崩れ落ち、ぐっと彼女を強く抱き締めるけれどいつものような断末魔はない。
それどころか全然動いてくれない。
何だか頭と胸を無遠慮にぐちゃぐちゃと掻き混ぜられた感じがして
喉の奥から短い嗚咽を漏らすけれど、それさえも苦しくて仕方ない。




「俺の所為だ…また、俺の所為で大事なものが消える。」



声も体も酷く震えてしまう。
また守り切れなかった。
こんなにも大切な、特別な花子を俺は…




「くそ…クソっ……くそぉ!!!」




やり場のない感情を叫びに変えて吐きだしても全く収まる気配がない。
このまま発狂でもしてしまいそうだと思っていれば
不意に、トクンと彼女の胸の鼓動が俺を正常な思考回路へと繋ぎとめる。




「花子…あんたはこんな時まで俺を救うのか?」



「………」




強く抱き締めていたから伝わる少し弱いけれど確実に音を奏でる彼女の鼓動にじわりと涙を浮かべる。
そうだ、大丈夫…きっと助かる。
いや、助けてみせる。




「大丈夫、花子…絶対に死なせない。何を犠牲にしても。」



そっと普段より冷たい唇にキスをして彼女を抱えたまま立ち上がる。
大丈夫。花子を死なせないし、もう危険な目にも合わせない。
花子は俺にトクベツをくれたんだ。
俺だって花子にトクベツを捧げたい。




「花子、愛してる。いつまでもいつまでも。…どこにいたってずーっとあんたを愛してるから。」




結局俺は大切なものを傍に置きたいなんて望んじゃいけないんだ。
そんなの、アイツを失った時嫌と言うほど突きつけられたというのに
何処かでもしかしたらなんて考えたからこうなった。



大丈夫、花子が生きるなら…
花子が危険な目にあわないなら
俺だってトクベツ我慢できるはず。




「花子、これでさよならだ。」




今は届く事のない別れの言葉をポロポロといつの日かの雨の様な涙を流して呟いた。
花子を救って、彼女を意識が戻ればそのままサヨナラだ。




「花子、俺以外としあわせになって…?愛してる。」



ホントは俺とがいいけれど…
俺は何も持ってはいけない生き物だから。




あんたを愛してるから




だから俺はトクベツなあんたを…花子を、この手から解放するよ。



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