22:死刑宣告


きっともうすぐ花子は目を覚ます。
その時にきちんと別れを切り出そう。
大丈夫、少し残酷かもしれないが「花子に飽きた」とでも伝えれば傷付きはするが俺の事を全て忘れてきっと新しい男の元へすぐ行けるだろう。



「………花子、好きだ。」



俺のベッドで未だ目を覚まさない彼女の名を呼び、最後の愛の言葉を紡ぐ。
花子の部屋のベッドに寝かせなかったのは少しでも彼女と別れた後でも花子のぬくもりと香りを感じていたいから。
…今からサヨナラを切り出すって言うのに俺は本当に女々しいと思う。




そっと柔らかな唇をなぞれば「ん」と小さな声と共に開かれた数時間ぶりの愛しい瞳。
ゆっくりとこちらを見た彼女からは普段の元気さは見受けられないけれど
それでも俺の顔が見れたのが嬉しかったのかへにゃりと笑う花子に胸がズキリと痛む。



やめてくれ。今はそんな目で見ないでくれ。
俺の事が大好きすぎるあんたを手放せなくなる。




「シュウさ…あの、体が動かないんですけど…えっと、」



「花子、聞いて?」




未だに薬の効果が効いているのか、動かない体に戸惑ってる花子の手をそっと取って
それを両手で包み込んで彼女に話を聞くように諭せば彼女はじっとこちらを見つめて言葉を待つ。
言わなければ…「飽きた」って、「サヨナラ」って言わなければ。
俺と一緒に居たらまた花子は危険な目に遭う。
持ってちゃいけない。傍で愛しちゃいけないんだ。
でも…




ああ、でも…




「…っ、……っ、」




口だけがパクパクと言葉を発しないまま只無意味に動く。
何でだよ…簡単な筈だ。
飽きたって三文字と、サヨナラの四文字を紡ぐだけなのにどうしてそれが出来ない。




辛い、苦しい、悲しい。
喉の奥に言葉が詰まって息が出来ないみたいだ。
何度も何度も言葉を絞りだそうとしているのに一向に出てこないそれに
遂に俺の何かがプツリと切れてしまった。



「シュウさん…どうしたんですか?なんで泣いてるんですか?」



「ぅ…ふ…っ、花子…花子…っ」




花子をこれ以上傍に置けない。
頭では分かってるのにも関わらず、どうしても言葉にできない。
離したくない、傍にいて欲しい…そんな自分本位の願いが彼女の為である別れの言葉を遮ってしまう。



ひたすら彼女のすぐ傍で涙を零していれば
カタカタと震える手が俺に包み込まれていたのにゆっくりと伸びてきてそのままふわりと頬に触れた。
あ、まただ…また、こうして花子に触れてもらうと安心してしまう。



「うぅ…い、今はこれが精一杯みたいです。ほ、ホントはぎゅうぎゅうしたいのにー!もうもう!!」



「花子…っ」



彼女が一生懸命俺の涙を止めようと頑張っている姿に顔を酷く歪めてしまう。
そしてそのまま未だに動く事が出来ない花子の体を強く強く抱き締めた。




「ごめん…ごめん、花子…ごめ、う…、花子……花子っ」



なんだよ、俺。
花子の事大切じゃないのかよ。
なんでこの手を離すことが出来ないんだ…花子の幸せを想えばそれが一番の方法なのに。
離れなきゃ、離さなきゃと頭の中で何度も何度も叫んでいるのに体は反対に花子をもう離さまいとぎゅうぎゅうと強く抱き締める。



ああ、こんなんならもっともっと花子を嫌いになっておくべきだった…




「花子…好き、愛してる。…ごめん、」



花子にとって一番の行動を取ってやる事が出来ない俺はなんて酷い男なんだろうか。
こんなにも自身の感情を優先している俺はなんて愚かな男なんだろうか。



ごめんな、花子…
あんたが俺に優しすぎるから、俺は花子を解放してやることが出来ない。
…あんたの為に、トクベツを捧げたいのにいつだって俺はあんたに甘やかされっぱなしだ。
だからせめて…せめて俺が出来る事はただ一つ。




「花子、もう二度と離れさせない。ずっとあんたを傍に置く。」



「………………え、無茶な。嬉し過ぎて殺されてしまいます。」



「無茶じゃない。もう俺の傍でずっと叫んで泣き喚いてろ。」




花子の体が動かないのをいい事にちゅっと頬にキスをしてそう言ってやれば
顔面蒼白で真顔になってしまった花子に何だか久々な気がする苦笑。
ごめん花子、どうやら俺は心底自分が可愛いらしい。
もう花子のその俺の事が大好きな目と一生懸命に俺を愛する全てに夢中なんだ。




「花子、俺はホントは大事なもの持っちゃいけないんだけど…けど、」



触れるだけのキスを彼女の唇に落とせばぶわっと体温が急上昇したのに安堵する。
ああ、よかった…数時間前の冷たい唇じゃない。
そっと名残惜しいけれどソレを離して花子にとっては死刑宣告の、俺にとっては決意表明の言葉を口にする。
ごめん、自分本位な俺でホントにゴメン。




「花子、ごめん。俺にあんたをこのまま持たせて?オネガイ。」




小さく囁いた自身にとっては死刑宣告の言葉に
彼女は嬉しいと、喜びの涙を流して笑った。



戻る


ALICE+