23:聖女の懺悔


酷い事をした。
花子さんにひどいことをした。




レイジさんからもらった中身の分からない液体を全て入れた紅茶を飲んだ彼女は
糸の切れた人形の様にその場に倒れ込んだ。



「花子、さん…?」



「………」




そっと手を彼女の口へとかざせば浅いけれど呼吸はきちんとあってひとつ安堵の溜息を吐いた。
そうだよ、レイジさんがこれは毒じゃないって言ってたもの。
ただちょっと懲らしめるだけ…
シュウさんの事を何も知らないのに彼に只々愛されて幸せそうな彼女に少しお灸をすえるだけだ。




けれど現実はそんなに甘いものではなくて
彼女を離れた小屋に連れていくレイジさんに続けばそこには彼によって連れて来られたであろうスバル君の姿。
え、うそ…もしかして満月の夜に花子さんとスバル君をふたりきにりするの?




「れ、レイジさ…っ」




顔を青くしてまさか、そんな訳ないですよね?って問いただすようにレイジさんの裾を引っ張れば
ニタリと赤い瞳が細められたので、私はこの時初めてとんでもない事に加担してしまったんだと気付いたのだ。




どうしよう…このままじゃ花子さんがスバル君に殺されてしまう。



止めたかった…彼の、レイジさんの凶行を止めたかったけれど
こうなる事を分かっていなかったとはいえ自身も共犯なのだと思えば無理に彼を止めることが出来ない。


酷い。これはあんまりだ。


恋人としてではなくて一番仲のよかったスバル君に花子さんをだなんて…
もはや自分は何をすればいいかわからなくて混乱で焦点が合わなくなってしまった視界を塞いだのはまたしても赤い悪魔だった。




「平気ですよユイさん。貴女は何も悪くない。なにも…ね?」




私は何も悪くない。




暗示のようなその言葉に唯一、救いの様に縋るしか出来なくて
只自身の犯した罪から目を背けて
これから起こるであろう現実から目を閉じた。






数時間後、レイジさんとシュウさんが優雅にお茶をしていれば
次第に彼が今回のネタ晴らしを始めてしまう。
ああ、やめてレイジさん…そんな事したら私がした事もシュウさんにばれてしまう。



カタカタとレイジさんの後ろで震えてれば
シュウさんのいつになく焦った声が私を問いただす。
…そんな誰かの為に必死になるシュウさんも私は知らない。




「知らない…知らない。私は悪くない。わた、し…わるくない。」




レイジさんがくれた救いの言葉を何度も何度も口にして自分を守るけれど
そんなの全然効かなくて、焦って怒りを前面に出してるシュウさんを見て焦りと後悔…そして罪悪感が一気に私を襲う。




花子さんの危機を察した彼は勢いよく飛び出したけれど
そんな彼を見てレイジさんは本当におかしそうに大きな声をあげて嗤った。




「ごめ、なさ…花子さ…シュウさん。」




だから私のようやく出た謝罪の言葉は彼の嗤いによって誰にも聞かれる事無く溶けて消えてしまったのだ。






あれから辛うじて命をとりとめた花子さんの様子を伺いたくて
何度も何度もシュウさんの部屋の前を往復する。
けれどノックする勇気は出ない。
だってこんな事になったのは紛れもない私の所為だもの。


そわそわと只往復するだけの時間が無意味に過ぎていってしまえば
不意に静かに開かれた扉にビクリと体を揺らす。




「……花子が会いたいって言ってるから入れ。」



「シュウさ…あのっ、」



「花子は大人だけど俺はまだガキだからアンタを許す気にはなれない。」




その言葉がグサリと心臓に突き刺さるけれど仕方ない。
だって私が悪いんだもの。
こんな酷い事を二人にしておきながら簡単に許してもらおうだなんて都合、良すぎるよね。




シュウさんに促されるまま部屋に入れば
花子さんがベッドに横たわりながらこちらを見て「ユイちゃーん!」と笑ってくれた。
でもいつもより顔色は悪いし、その笑顔に元気はなくて
ああ、私はなんてことを…と思ってじわりと涙が浮かんでしまう。



きっと私がいれた薬の所為で未だに動けないであろう彼女に近付いて素直に頭を下げる。
そして声に出すのは溶けて消えたあの言葉。



「花子さん、ごめ…なさ…ごめんなさい…っ」



ごめんなさいの言葉と一緒にポロポロと涙が零れる。
最悪だ…悪い事をしたのになんで私が被害者みたいに泣いてるんだろう。
泣きたいのはきっと花子さんとシュウさんなのに。



ひたすら何度も謝ってれば花子さんは困ったように笑って
動かないはずの手を一生懸命動かしてそっと私の震える手を握ってくれた。




「私こそ、ごめんなさい。」



「花子、さ…」




どうして彼女が謝ったのかはよく分からない。
けれど…どうしてだろう。
その言葉に全て救われた気がして、先程まで必死に我慢していた声を大きく上げて
その場に崩れ落ちてひたすら小さな子供の様に泣き喚いた。



この涙が安堵の涙なのか
それとも失恋の涙なのか
はたまた完敗の涙なのか



それさえもよく分からない。
よく分からないけれど只々、私は彼女の前で子供の様に泣きじゃくり続けた。




きっと彼女は分かってくれてたんだと思う。
私がどうしてこんな事をしたのか
私がシュウさんの事をどう想っているのか
だから全て含めて私に「ごめんなさい」と言ってくれたんだ。




なんて貴女はやさしいひと…




暫く泣き喚いた後
ぐずぐずと零れる涙を拭わないまま、今度は私が彼女の手を包み込んだ。




「花子さん、シュウさんの事…おねがいします。」



「………おいユイ。俺がなんで宜しくされるんだ。」



震える声で彼女に自身の好きだった人を託せば後ろから不満気な声が聞こえて
私と花子さんはお互いに微笑み合った。




ねぇ花子さん、こんなに優しい貴女なら
きっとシュウさんもしあわせになれますね。



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