24:優しい笑顔


「は?」


目の前の光景に唖然とする。
満月で意識が揺れていた時、何故かプツリと視界が消えて気が付けばこのありさまだ。



辺り一面真っ赤で、俺も口の中は血独特の香りで満ち満ちている。
そして腕に抱いていたのはピクリとも動かない花子の体だった。



「うそ、だろ…?」




頭が真っ白になる。混乱する。どういう事だよ。
カタカタとひたすら彼女を抱く腕が震える。
嘘だ、冗談だろ?コレ、全部俺がやったのかよ。



ぐったりと体に全く力の入っていない花子の身体中に俺のであろう噛み後。
そしてそこからどくどくと流れ続ける血に俺の本能がざわりと逆立った。



いやだ
勘弁してくれ



「花子…ぅ、」



カタカタと震えながらも、また俺は彼女の体に牙を埋め込もうとする。
渇く、かわく、カワク。
早くこの渇きを満たしたいと何度も何度も頭の中の獰猛な俺が叫び、吠える。



「くそ…くそっ!!」




何度も牙を宛がっては離れの繰り返し。
なんでこうなったんだ…どうして、俺はシュウの最愛の花子をこんな風にしちまってんだよ。



ホントはこんな事したくない。
したくないのに吸血鬼の本能というモノは恐ろしくて…
俺は再びブツリと抵抗も何もできない彼女の皮膚を切り裂いた。









「………花子、無事なんだろうな。」




あれから一日が過ぎた。
シュウがやってきてからの事はよく覚えてない。
覚えてないけれど花子が死んだってニュースは聞いてないから無事なんだろう。
けれどそれを自身の目で確かめる勇気はない。




俺はあれからずっと棺桶に引き籠ってる。




多分もう以前のように花子は俺の腰に抱き付いてくることはないだろう。
絶対俺の顔見たら怯えちまう。




「なんでだろ…腰、痛くねぇのに胸が痛い。」




ぎゅっと痛む胸元を抑えつけてもその痛みが治まる事はない。
いつだって痛むのは花子が遠慮なしに抱き付いてきた腰なのに
今は花子をこの手で傷付けてしまった事実と、もうきっと花子が近づいてきてくれないって言う事実が胸を抉る。




「ねーちゃんみたいだったのに…」




何だかんだで俺の事怖がらないでというかいつだって俺が怖がる側だったけど
でも、それでもひたすらシュウ関連で俺に絡んでくる花子にちょっと癒されてたのは事実で…
正直彼女が屋敷に住むって聞かされて体の心配はしたけれど、どこか少し嬉しかった。




けれど壊してしまった




満月だからって言い訳は出来ない。
彼女を瀕死に追い詰めたのはこの俺だ。




合わせる顔もなけりゃ
きっと花子も怯えてしまうって思うとここから出ることが出来なくて
只々ぐすりとひとりで鼻を鳴らす。
すると急に上からノックの音が聞こえる。




コンコン




「……?」




なんだろう。
確か部屋のカギはガッチリかけたはずなのに誰が俺の棺桶叩いてんだよ。
意味が分からなくてこっそり耳を澄ませば信じられない奴の声が聞こえる。




「あれ〜?シュウさんスバル君寝ちゃってるんですかね?ここは王子様のキスで目覚めさせないといけませんよ!」



「王子様という単語で俺を期待の目で見るな。そしてなんで俺が彼女に浮気を推奨されなきゃなんないんだというかスバルとキスとか死んでもヤだからな。」





馬鹿野郎二匹が来襲した!!!




な、なんで俺のとこ来てるんだあの馬鹿花子は!!!
昨日酷い目に遭ったじゃないか!!!
そしてシュウもシュウだ!最愛に酷い事した俺の所になんで花子を連れてきてるんだこいつ等揃いも揃って馬鹿なのか!?




意味の分からなさ過ぎる二人の行動に棺桶内で固まっていれば
この馬鹿二人の会話は更にエスカレートしてしまう。



「全く…扉も鍵かけてるから花子が粉末状にしたし、もう観念して出てこればいいのに。」



「そうですよねー。あ、でもでもこの棺桶もぐしゃっとしちゃえばスバル君も一緒にぐしゃっと…」



「おおおお俺までグロテスクになるわこの馬鹿花子がぁぁぁ!!!!」



思わず身の危険を感じで勢いよく棺桶から飛び出せば
どうしてだか体がふわりと暖かくなった。
瞬間、俺はその暖かさの原因を悟って必死に引き離そうとする。



「ば…っ!はな…っ、離せ花子!!また…また俺に酷い事されるぞ!?」



自分で言ってて泣きたかったけれど仕方ない。
だってそれは昨日で事実となってしまった事だ。
けれど花子はいつもの様に俺の腰に抱き付いて離れようとはしない。
なんだよ…なにしてんだよ。
こんないつも通りなんていくわけないだろ…いける訳ないだろ。




けれど花子は離そうとはしない。
シュウも今日はそんな花子を引きはがそうとはしない。




なんだよ…やめろよ。
こんな事すんなよ。
俺、馬鹿だから許されてもいいのかって勘違いするだろ馬鹿…。




じわりと、遠まわしの二人の優しさが胸に染みて
そっと花子を抱き締めようとした時、俺の腰はいつもの如く激痛に襲われる羽目になってしまった。




「いいいいいいってぇぇぇぇ!!?うお!い、いつもより激し…いてぇぇ!!!!」



「24時間物理的にシュウさんが離してくれなかったからもう私は限界のそのまた向こうへ突入しましたシュウしゃん大好きいい!!!」



「………だから何でそれを俺に直接言ってくんないの花子は。」




ギリリリリ!!
どうやら24時間。丸一日シュウがつきっきりで花子の看病をしていたようで
その間俺がいなかったからシュウへの愛情のはけ口がなかったのか今までを補うように締め付けるというか潰しに掛かる花子の腕が俺の腰の寿命を縮めにかかる。




「か、かんどう…!感動した俺の心と涙を返せ馬鹿花子!!!いやもうホントはな…離せって!!うおおおお!!!」




じたばたと俺よりちいせぇはずの花子の腕の中で大暴れしても全然びくともしないで
と言うか更に締め付けられて俺の腰は「誰か助けてください!」と悲鳴を上げるが
申し訳ないが持ち主である俺でさえ助ける事が出来ねぇ。




「くっそ!もう知らねぇ!!もう知らねぇからなお前らなんて!!あ、うそうそごめんなさい全然余裕で応援します!応援しますからちょっとホント離せ死ぬ!!!」




ミシミシ言いだした腰骨を心配しながら
もうなんか罪悪感とか嫌われたんじゃねぇのかって言う不安も全部吹っ飛んでしまって只々通常運転の如く花子の腕の中で断末魔を叫ぶ真夜中となってしまった。




なのでひたすら悲鳴を上げる俺をよそに
二人で顔を見合わせて優しく微笑んだ花子とシュウの事なんて気付く余裕さえなかったんだ。



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