29:二つ目のトクベツ


花子と過ごしていた時間が心地よすぎて忘れていたこの感覚。
嗚呼、また雨が降りそうだ。



「めんどくさ…」



小さなぼやきは誰に届くはずもなく、言葉の後に長い溜息をもらす。
きゃぁきゃぁと煩い声と欲望にまみれた視線にイライラが収まらない。
ああ、もう…早く屋敷に帰りたい。



逆巻の長男と言うだけで俺に注がれる視線はとても多くて、特にこういった魔界のパーティなどではそれが顕著に表れる。



嫌ならばこんな所に来なければいいのだが…またさぼって今度は罰として地獄の底まで叩き落されてしまっては花子に会えないので我慢してこの場に佇んでいる。
人間の花子は餌となってしまうので、ここには連れて来れなかった。




「……花子に会いたい。」





勿論他の兄弟も注目の的なのだが
それでもやはり、現在魔界の長に一番近いであろう俺へ向けられる欲望と言うのはとても重い。
今まで花子と過ごしてきた時間が心地よすぎて余計に気分が悪く感じる。
嗚呼、もう…吐き気がする。



「…早く終われよ。」



絡みつく視線達から逃れるようにバルコニーへと足を向ける。
きっとあそこなら誰も来ないからこんなうざい時間が終わるまで避難できるだろう…


辿り着くまで冷たい欲望丸出しの女の腕が沢山絡みついてくる度にどんどん花子と関わってから暖かくなっていた心って奴が冷えていく。




寄るな、触るな、関わるな。




お前らの瞳の奥の金と名誉への渇望はもう十分わかったからこれ以上俺に近付くな。



ぽつり、ぽつり




胸の奥で冷たいモノが降り始めた気がしたとき
とん、と此処にあるはずのないあたたかな体温が俺の体に触れた。




「ぎゃぁ!タキシードシュウさんに触れてしまった!!死ぬ!!!しゅき!!!」



「!?花子!?」




懐かしく感じてしまう俺の事が好きすぎてツラい断末魔を耳にして
勢いよくそちらを振り向くと、そこには黄色いドレスに身を包んだ最愛がだらしない顔でニコニコこちらを見つめていた。



「なん、で…なんで花子がここに、」



「シュウさんは傘の使い方分かってないのですか?」




動揺を隠せない俺に困ったように微笑んだ花子はそっとそのまま手を取って
ゆっくりと、でも力強俺をバルコニーまで連れ出す。
されるがままで一体どうすればいいのか全く頭が付いてこない。



「花子、」



「シュウさん、私…シュウさんにもうひとつ、トクベツをあげます。」



辿り着いたそこでもう一度彼女の名前を呼べば振り返って微笑む彼女は月明かりに照らされて何だかとても幻想的だ。
そんな彼女に見惚れているとふわりと包み込まれた自身の体。
ほのかに香るのは紛れもない彼女自身の香り。



「ねぇシュウさん、貴方の心に雨が降っても…いつだって私が傘になって貴方を守ってあげますね。」



「………、」



「初めて会った時は体しか守ってあげれなかったけど…今は心の雨からも守ってあげたいんです。」



「なんだよソレ…」




とんと、胸を指でなぞられて、安心するように背中を撫でてくれる花子にじわりと涙が浮かぶ。
彼女がどうやってここまでやってきて、どういう経路でこの会場に忍び込んだかは分からない。


分からないけれど、全ては俺のこのココロって奴を絶望や自暴自棄の雨から守るために頑張ってくれたって事だけは馬鹿な俺でも理解できる。




「なんだよ…最初は血塗れの林檎で次は傘?俺、貴族なのにプレゼント庶民すぎだろ…馬鹿花子」



「えへへ、そうですね……でもきっとシュウさん欲しいのかなって、思って。」



「ホント、花子はエスパーだな。」




涙とじわりと胸に浮かぶ幸せを隠そうと悪態をつくけれど
そんなの全てお見通しと言った彼女にもはや降参と息をつく。
嗚呼、もう…こうやって肝心な時に包み込む大人はズルイ。




「花子、花子…ここやだ。帰りたい。」



「そうですね、シュウさん…帰りましょう?」



「………うん、」



ぎゅっと自分からも彼女に抱き付くというか縋り付いて初めて弱音と言うものを口にすれば
それさえも優しく包み込んでくれる花子の体温と鼓動と言葉に安堵してまた微睡へと意識が持っていかれる。



「おやすみなさい。………いい夢を。」



普段だったら絶対しないのに、そっと花子から瞼に唇を落としてくれて
俺の視界はそのまま心地よい暗闇へと暗転した。


だからこの時、俺達を見つめていた金色の瞳が静かに細められたのに気付けなかったんだ…



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