8:穏やかな声
「………」
「………」
ガスッ!
「痛い!シュウさんのDV!ご褒美!!」
「ご褒美じゃない。今日は来るなって言ったよな?」
そわそわと期待に満ちた瞳で俺を見つめてくる花子に渾身の手刀をお見舞いする。
彼女の片手には『逆巻シュウ専用献血所』というでかい看板。
そう…今日は満月だ。
いつもなら屋敷に遊びに来る花子を邪険に扱いはしない。
けれど今日だけは…今日だけは別なんだ。
「前も言っただろ?満月の時、俺達は酷く渇くんだよ。…花子になにするか、わかんないんだ。」
必死に理性を繋ぎとめて極力冷静に彼女に言い聞かせるけれどその眼は見れない。
きっと花子の眼を見た瞬間、俺の理性は全部崩れてしまうだろうから。
…何で俺、こんなに必死に花子を離そうとしてるんだろ。
いつもなら欲望のままにこの牙を突き立てて気が済むまで女の血を啜って来たというのに。
「なぁ花子…お願いだから、今日は帰ってくれないか。………花子の事、傷つけたくないんだ。」
自分の言葉に自分自身が驚いてしまう。
ああそうか、俺…花子の事傷つけたくないんだ。
そう認識してしまえば後は行動に移すだけで、彼女が此処から去らないならば俺がいなくなればいいと
そのままくるりと方向転換して何処かへ行こうと思えばぐいっと暖かで小さな手に引っ張られて体勢を崩してしまう。
「…っ!花子!お前、いい加減に…っ」
「えへへ〜シュウさんの唇むにむにしてて死にそう」
気が付けば俺の顔は彼女の首筋に埋まっていて、花子が頭を押さえているから唇が彼女の肌へと当たってしまう。
ああもうやめてくれ。本当に…本当にこのまま牙を立ててしまいそうになる。
珍しく声を荒げて怒っても花子はニコニコと上機嫌に笑うだけだ。
なんでだよ…なんでこんな時だけそんな顔するんだよ。なんでそんなに穏やかに笑うんだよ。
いつもみたいに叫んで泣いて俺から離れてくれよ…。
「シュウさん」
「…っ、」
どこまでも優しい声色に思わず体が揺れる。
するとそのまま花子が俺を安心させるように抱き締めるから
思わずポロリとひと粒涙が零れた。
なんでそんなに優しくするんだよ…今の俺はお前に酷くしてしまうかもしれないんだぞ?
「シュウさん…大丈夫。だいじょうぶだから…ね?」
「…ぅ、…ふっ…っ、」
何が大丈夫なんだよ…そんなの、お前は絶対大丈夫じゃないだろ。
なのにどうして…どうしてその言葉は俺の胸を締め付けて離さないのだろう。
ぽたり、ぽたりと零れ落ちる涙は止まらないまま
強く強く花子をこの腕に抱き締めて、彼女の言葉のままに静かにこの牙を彼女の肌に突き立てた。
嗚呼、花子…ごめん。
お前はガキじゃなかった。
どうしようもないガキは俺の方だった…
彼女の言葉と優しさに甘えて吸い上げる血はどこまでも甘く、愛おしかった。
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